「歯は子供の頃は軟らかく、大人になると少しずつ硬くなります。それは唾液の中のカルシウムなどが歯の中に染み込むことなどで起こる現象です。硬くなるため、大人は比較的むし歯にはなりにくくなる。ところが、加齢や歯周病菌などの働きで歯茎が痩せ、歯の根っこが徐々に露出します。根っこはまだ軟らかいから、年をとると、この歯は歯周病で抜ける前に根っこ部分にむし歯ができる。『根面(こんめん)う蝕(しょく)』といいます。特に定年後、自宅での余暇時間が増加し間食の機会が多くなる人は、こうしたう蝕と歯周病のダブルの影響で歯を失う傾向が強くなります」

歯周病菌が血管を通じて体じゅうへ

先ほど歯周病は自覚症状なしで進行しやすいと述べたが、全くのゼロというわけではない。「歯磨きをしたときに歯茎から出血したら、それは歯周病のサインです」と若林さんはいう。なぜサインだといえるのか。若林さんによればこうだ。

「歯と歯茎の間に歯周病菌が入り込むと、それを撃退すべく白血球が毛細血管を通って集まってくるのです。これといった病気や症状がないにもかかわらず、血液検査で白血球の数値が高く出た場合は、歯周病を疑うべきといわれています」

つまり、免疫細胞の白血球が増えたことで、歯茎の血管壁は薄くなり、破れやすくなる。外側から充血しているように見えるのは、歯茎の血管に血液が充満しているためで、この状態で歯磨きをすると歯茎の血管が破れやすいため、歯茎から出血しやすくなるというわけだ。

「恐ろしいのは、こうして歯茎やその周辺の血管などに歯周病菌が侵入することで『歯が抜ける』以上の現象が体じゅうで起こることです。血管を通して全身に歯周病菌が回り健康をおびやかす、という研究結果が近年続々と発表されています」

例えば、糖尿病だ。糖尿病は、食べたものから分解された糖分が、体内に吸収されにくくなり、血液中に糖分が溜まってしまう状態(高血糖)が続く病気だ。

「歯周病の人には、糖尿病の症状を持っている人がとても多いのです。歯周病菌の毒素であるエンドトキシンによって産生される炎症物質が血糖値を下げるインスリンの働きを抑え、糖尿病を悪化させる可能性があります。歯周病の治療をすると炎症物質の血中濃度が下がり、血糖のコントロール状態を示すヘモグロビンA1c(HbA1c)の値が改善することも明らかです。歯科医の中では『重症の歯周病患者は糖尿病を疑え』というのが常識です」