母校ワセダを否定することが監督の第一歩だった

外池氏の監督デビューは華々しいものになった。

2018年に監督に就任して、いきなり関東大学1部リーグ戦で優勝。前年度は2部に落ちていていたが、1部に復帰してすぐ優勝させたわけだ。いくら元プロ選手とはいえ、新人監督がいきなりそうした手腕を発揮できたのはなぜだろうか。

そこにはビジネスマン経験をした者ならではの様々な「チーム改革」があった。外池氏が監督就任直後にしたこと。それは、愛する母校サッカー部を否定することだった。

早大のア式蹴球部には創部当時からビジョンとして掲げられてきた「WASEDA・ザ・ファースト」という言葉がある。外池氏はこれに関して、「これ、どう思う? 一度やめないか」と部員に言ったのだ。学生は「(掲げるのを)やめちゃいけない言葉じゃないんですか」ときょとんとしたが、「俺がOBに謝るから」と説得したという。

「実は、もともと早稲田の体質で個人的に嫌いなところがあったんです(苦笑)。高校(早稲田実業)の時から、『なぜ早稲田はこんなに上下関係が厳しく、理不尽なことが多いのか』と思っていました。大学3年の時に、連絡の行き違いで遅刻した時、先輩から『坊主にするか、グラウンド整備を3カ月間、1年生と一緒にやるか選べ』と言われたこともあって。厳しさの意味も理解していましたが、そんなことがまかり通るのかと思いました」

もちろん早稲田にはいい面もたくさんある。だが、修正すべき古い体質もあるように思えた。だから、Jリーグへ入団する時、「早稲田のヒエラルキーには乗りたくない」という気持ちがあり、OBが声をかけてくれたクラブではなく、最初に入団をしたのは早稲田OBがいなかった、ベルマーレ平塚だった。最初に手を付けた部のビジョンの見直しは、そうした「現在地の否定」だ。

チームを改革している外池氏(撮影=清水岳志)

ビジネスマン経験を生かして部の改革に着手

代わりに誕生した部のビジョンは「日本をリードする存在になる」だ。これには、うるさがたの多いOBにも上々の評価だった。

「まず、サッカーで早稲田がトップに立つ。日本代表のキャプテンは早稲田であってほしい。しかし、その一方で、部員全員が将来、プロのサッカー選手になるわけではありません。社会人として主体的に行動することができ新しい何かを築ける人物になってほしい。もちろん監督である僕自身もこのスローガンを追い求める。監督をやめた時にどう日本をリードできるのかをイメージして今を生きていく。そんな気持ちもこの言葉に込められています」

「早稲田を変えたい」。外池氏には、部を、もっと社会に開かれた存在にしたいという考えがあった。そこで、部員にツイッターで部の活動状況などを積極的に発信するようにすすめた。自身の発信も頻繁で、部員のアカウントへの反応も早い。一般学生やファンのフォロワーが徐々に増えてきた。部員の意識が、部内の内向きのものではなく、外へ向き始めたのだ。

今季、ユニフォームにスポンサーロゴが歴史ある早稲田大学体育会史上初めて入ることになった。これにより部を財政面でサポートできるというメリットだけではなく、チームとしての価値をどのように高め、スポンサー企業といかに良好な関係を作っていくか、といったことを学生に考えさせるきっかけにもなると感じている。元電通マンの面目躍如だろう。