引っ越したくても転居の費用がない

「わたしはこれからどうなるのでしょう」

玲子さんから、電話がありました。聞こえないくらいの小さな声でした。家賃を払うだけの収入がない。玲子さんが家賃を滞納している明らかな原因は、そこにありました。

『家賃滞納という貧困』(太田垣章子著・ポプラ社刊)

だとすれば、収入を増やすか、家賃を減らすか、方法は二つしかありません。そのどちらかの方法を採らなければ、この先も滞納額はどんどん増えるばかりです。収入を増やすことが難しいなら、とにかく一日でも早く退去して、これ以上滞納額を増やさないようにすることが大事なのです。

玲子さんは、引っ越したくても転居の費用がないといいます。今にも泣き出しそうな声でした。

「お子さんに相談されたらどうですか?」

それだけはできないと言います。独立した子どもたちに、心配をかけたくないと。

母親のその気持ち、分かります。しかしこのまま手続きが進むと、近い将来に必ず「明け渡せ」の判決が出て、玲子さんが出たくなくても、無理やり部屋からは追い出されてしまいます。それをもしお子さんたちが後から知ったら、どれだけ悲しむでしょうか。

私だったら「どうしてもっと早くに相談してくれなかったの」と、頼ってもらえなかったことを残念に思うでしょう。

子どもへの相談は「死」にあたるストレス

「わたしに死ねということでしょうか」

思いがけない言葉に、驚きました。けれど今の玲子さんからすると、お子さんたちに相談することは、死をも強要されるくらいのストレスなのでしょう。

滞納している人は、生活が追い詰められ、目先の資金繰りで視野が狭くなっています。玲子さんの住まいは、かつて3人の子どもたちと暮らしていた45平方メートルの部屋です。日々の忙しさから、子どもが独立したあともその部屋に住み続けていました。引っ越しを検討するような余裕すら、玲子さんにはなかったのです。

けれども、ひとりで住むのならもっと狭い部屋だっていいはずです。収入が劇的に上がるメドがない中で、この先もずっと生きていかねばなりません。だとしたら、これ以上、借金(家賃滞納)を積み重ねることは絶対に避けるべきなのです。

とにかくまずは今より安い部屋を探して、退去する。そうすれば、滞納額がそこで確定しますから、その後は分割で滞納分を支払っていく。もちろん、次の部屋の家賃を支払う必要もありますから、借金が残っている間は、できるだけ安い部屋に住む覚悟は必要です。

そう説得したものの、電話の向こうで途方に暮れている玲子さんの様子は手に取るようにわかりました。

「また連絡します……」

玲子さんの声は最後まで弱々しく、この案件の解決までには長い時間がかかるのではないかと感じました。