それというのも一般のビジネスパーソンだって、スピーチを求められることが少なからずあるからです。朝礼、所属部署の報告会、そして友人や知人の結婚式などオン・オフを問わず……。そんなときに聞き手をどうひきつけるか。話の内容が大事なのはいうまでもありませんが、導入部、いわゆる「掴み」が大切になります。冒頭の話が退屈だと、聞く気をなくしかねません。

写真=iStock.com/kasto80

考えてみると、それは落語の「まくら」と同じことなのです。落語では通常いきなり演目には入らず、世間話や、演目と関連する小咄をしたりします。観客や聴衆が落語の世界に自然に入っていきやすくするための工夫の1つです。スピーチも同じで、いきなり本題に入るのではなく、聴衆に関心を持って聞こうという気持ちにさせることが何よりも重要なのです。

1つ目は、聞き手との「距離を縮める」ことです。「話題のニュース」「会場や地元のネタ」などを使い、ときにはダジャレやギャグなども織り交ぜ、堅苦しくない雰囲気を演出します。

政治家の小泉進次郎さんは非常に上手で、よく地元ネタで聴衆をひきつけています。この方法は簡単なのでスピーチ初心者に特におすすめです。たとえば地方で話をするとき、「ここは○○が名産ですね。私も大好きでよく食べています」などと話し始めると、親近感や好印象を与えることができます。

また、前の人が話した内容を受けて話し始めるのも、聞き手はすんなりと入りやすくなるので、私もよく使います。ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正さんが以前、公認会計士らが集まる会で講演した際の導入部分は好例です。

司会者が柳井さんの生まれた年を1942年と間違えて紹介したのを受けて、柳井さんは「司会の方が、私のことをより年寄りにしていましたが(笑)、本当は1949年生まれです」といって会場を笑わせました。笑いで場が和むと、話が続けやすくなります。

次の2つ目は、聞き手に「問いかける」というテクニックです。人は質問されると答えを考えるので、スピーカーの話に集中しようとします。

ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義さんはかつて留学を控えた学生向けのスピーチで、自分の戸籍について考えたことがあるかを問いかけました。孫さんの戸籍の住所には番地が記されておらず、「無番地」と書かれていたそうです。孫さんの祖父母が朝鮮半島から入国した経緯が複雑だったためのようです。しかし、それでも孫さんは大成功を収めた。これから異国で学ぶ若い学生にとっては、強く関心を引く内容だったのではないでしょうか。