国内500店を目指す勢いの『立ち呑 晩杯屋(たちのみ ばんぱいや)』。その特徴はコスパの高さだ。アジフライ110円、煮込み130円、サバの塩焼き150円、マグロ刺身6切れ200円、中生ビール410円、チューハイ250円。そして商品はどれもうまい。なぜ晩杯屋は「安くてうまい」のか。外食ジャーナリストの中村芳平氏がレポートする――。

※本稿は、中村芳平『居酒屋チェーン戦国史』(イースト新書)の一部を再編集したものです。

「立呑み 晩杯屋」渋谷道玄坂店(編集部撮影)

「つぼ八」創業者引退が象徴したもの

バブル時代に一世を風靡した居酒屋チェーン「つぼ八」の創業者であり、「居酒屋の神様」と称された石井誠二という大物がいる。

大手商社「伊藤萬」と組んで合弁会社を設立、社長に就任したが、トラブルから「つぼ八」社長を解任された。だが、石井は「負けてたまるか」「決してあきらめない」との信念で、手作り居酒屋「八百八町」(社名も同じ)を新しく興して繁盛させ、よみがえった。

居酒屋の経営者はたくさんいるが、「つぼ八」「八百八町」と二度も居酒屋を創業して成功させた人物は、石井をおいていないだろう。居酒屋業界トップの「モンテローザ」創業者・大神輝博、大手の「ワタミ」創業者・渡邉美樹が、ともに「つぼ八」のフランチャイズ・オーナーからスタートしていたことも、「石井伝説」に拍車をかけた。石井は居酒屋チェーン史の“水先案内人”のような貴重な存在なのである。

その石井誠二が、「八百八町」を2013年2月に売却した。これに驚いた筆者は、すぐに石井にインタビューを申し込んだ。その際、石井は次のような言葉を漏らした。

「東日本大震災で、居酒屋業界はものすごく変わり出した。それを見ていて『オレの時代は終わった』と思ったよ……」

2000年代に始まった居酒屋業界の世代交代

石井は、「八百八町」の主力業態である「炭焼き漁師小屋料理ひもの屋」をヒットさせた。大きくて高価な干物を目玉に日本酒やワインを提供する、客単価4000~5000円の高価格居酒屋だ。ところが、08年9月のリーマン・ショックに続き、東日本大震災が発生。自粛ムードで宴会予約が次々に取り消されて、流れが変わった。石井は長年の経験から、客の財布のヒモが固くなっていくのを敏感に感じとり、後継者がいないこともあって、居酒屋経営から身を引く決心をしたようだった。

売却先の飲食ベンチャー企業「subLime」が、当時あまり知名度のある会社ではなかったこともあり、筆者は「八百八町」の売却劇にひとつの時代の終わりを見た気がした。世代交代が始まったのだ。それは、2000年代に入ってからの居酒屋業界の興亡を象徴するような出来事だった。