ただ、昨年の竜王戦で、シリーズを通して積極的で溌剌(はつらつ)とした指し回しをしていたのは、31歳の広瀬よりもむしろ羽生のほうだった。特に第5局は、常識外れの斬新な手を連発し、羽生マジックと言われた往年の強さを見せつけ圧勝していた。結局は第3、4局を逆転負けしたのが響き、シリーズは敗れ去ったが、羽生は明らかに何かをつかみかけているのではないだろうか。

「強くなっているかどうかも、わからない」

10代の頃から羽生は対局で「実験」を行ってきている。最先端の最新形の、さらに未解明な手を、大舞台でこそ試してみるのだ。

高川武将『超越の棋士 羽生善治との対話』(講談社)

「目先の結果だけを考えて指せば戦術の幅が狭くなります。ただ、逆に未来の可能性を重視し過ぎれば目先の結果が伴わなくなる。そんなリスクマネジメントの難しさがあるんです。しかも、リスクを取ったからといって、将来必ず結果に結びつくわけではない。流行の戦術が次々と変わってしまうので」

そんな将棋に取り組む姿勢が羽生の強さの根源にある。だが、彼はこうも言うのだ。

「もう、自分が強くなっているかどうかも、わからなくなっているんです」

一体、羽生は何のために、そんな暗中模索を繰り返しているのか。誰も追いつけないような実績を残しながら、なぜ将棋を指し続けるのか。それが拙著に通底したテーマになっていて、何度もやり取りを繰り返した。

「それは突き詰めてはいけないと思っています。闘うものは何もない。勝つことに意味はないんです」
「忘れること、諦めることも大事。モチベーションはコントロールできない。普通に、自然にやってどうなるかだけです」
「自分に役割なんてない……」

そんな虚無さえ感じるセリフを、いつも朗らかに笑いながら話す姿に、私はいつしか「癒やし」さえ感じるようになっていった。

将棋の真理の追究

羽生の求めるものは何なのか。禅問答のようなやり取りを繰り返す中で、おぼろげながら見えてきたことがある。一つは、将棋の真理の追究である。

「将棋の真理はほぼわからないことがわかっている。(10の220乗とも言われる)指し手の可能性は膨大で、知覚できるのはほんの一かけらでしかない。到達点が見えないし、行けない……ただの幻です。でも、少しでもいいから前に進むことに価値や意味を感じることがいいんじゃないか。登る山が高過ぎて頂上までは行けないけど、途中の一里塚の景色を見るだけでも、ああ、やっていてよかったな、と感じられることもあると思うんです」