オウムの危険性、ロシアでは理解されていた

【佐藤】ロシアでは日本とは違って、オウム真理教の危険性は十二分に理解されていました。それはオウム真理教のドクトリンが、19世紀末の思想家・ニコライ・フョードロフの影響を受けているからです。

モスクワのソクラテスと呼ばれたフョードロフは、本がたくさん読めるからとロシア国立図書館で住み込みで働いていた。彼のもとにはドストエフスキーやトルストイらが訪ねています。キリスト教ではイエス・キリストとともにアダムとエバ以降のすべての人が復活すると信じられていますが、フョードロフは自然科学の発達によって近未来に万民が復活すると考えた。

ただし万民が復活すると地上に土地と空気が足りなくなる。だからほかの惑星に移動しなければならないと主張した。その思想はアポロ計画やソユーズ計画に活かされ、やがてフョードロフはロケット工学の父と呼ばれるようになる。

【片山】科学時代の終末思想ですね。オウム真理教はフョードロフの思想で理論武装して、ロシアでの布教に活かした。ロシアから輸入した思想をロシア人が喜ぶ形で循環させ再帰させたわけですね。

【佐藤】その通りです。その万民復活の終末思想が、オウム真理教のポアの論理とつながっていくんです。ルターはドイツ農民戦争(1524-1525)で「権力に反抗する農民をできるだけ早く殺せ」と指導しました。権力に刃向かって傷ついた魂は復活できないから、魂が傷つく前に殺せ、という論理です。

そのロジックはオウムのポアに活かされている。大量虐殺やテロは単なる恨みや辛みから行われるわけではありません。背景には必ず全人類救済事業のような思想があるんです。

日本の伝統的感覚から離れた「60年代生まれ」

【片山】そもそも終末論は日本人の時間意識、歴史意識にはなじみにくい。「言霊の幸ふ国」というくらいで天皇陛下がお言葉を発し続けているかぎり、今の秩序が永遠に続くと考えたがるのが古代からのこの国の思想なのですから。

その伝統的感覚からかなり離れたのが「60年代生まれの世代」だと思うのです。私も佐藤さんも多くのオウム信者と同じ60年代前半生まれ。私たちは70年代にブームを呼んだ、99年に人類が滅亡するというノストラダムスの大予言に少年期に引っかかった世代でもある。