はじめて精神科を受診した患者さんは、投薬の話になると一様に不安な表情を浮かべるといいます。本当に薬は必要なのでしょうか。国際医療福祉大学の原富英教授は、「脳の神経の働きの不調は、あせりという言葉で表現される」としたうえで、「とりあえずの薬物療法で、脳にゆっくり休んでもらうことが重要」と説明します――。

精神科のお薬に対する患者さんの心配

精神科の治療は、一般に薬物療法、精神(心理)療法、環境療法の3つの柱を組み合わせつつ進められます。当然私も基本的にお薬を使います。しかし私は「心に効く薬」とか、反対に「薬に頼らずにうつを治す!」などといったタイトルの本を目にすると困った気分になります。

診断がついて、治療に移る時、お薬のことに触れ始めると、患者さんはほぼ一様に心配気な表情をされます。「ボケないでしょうか?」、「人が変わるのではないでしょうか?」、「一度眠ると当分起きないのではないでしょうか?」などの心配が多いようです。

私が思うに、心の問題によって生じている症状が、薬という化学物質で解決するかもしれないということに対する驚きや、人格まで変わるのではないかという警戒などがその心配の中心なのではないでしょうか。もしここがクリアできなければ、われわれは、薬物療法なしで、患者さんと回復を目指して、困難な長い旅に出ることになります。

お薬は体のどこに効いているか?

さて胃の薬は胃という器官に、鎮痛剤は膝痛に対しては膝関節という器官に到達して効果を発揮します。その点ではこのような病気と薬の関係はシンプルでとても理解しやすいと言えます。では心(こころ)に効く薬はどこに(何という器官に)到達して働いているのでしょうか? 心に効くと喧伝する精神科の薬といえども化学物質ですから、身体のどこかでその効果を発揮しているはずです。

こう問いかけるのは、われわれの体の中には、心という臓器・器官は存在しないからです。