「3割の一斉値上げ」の結果、何が起きたか

――当ブログのアドバイザーでマーケティングコンサルタントの酒井光雄氏は言います。「ホテルからの受注量では当然ペイしない。ただ、ウルトラハイエンドのホテルに採用になった実績は、谷井農園のブランド価値を上げている。その他のホテルは『谷井農園のジュースを扱ってみたい』と思うでしょうし、ジュースの評判を知った人は『谷井農園のみかんを食べてみたい』と注文する。ブランド価値を上げる部分と儲ける部分を別に持っている谷井農園は、ブランド戦略がよく機能している」。超高級ホテルや小売店からの引き合いはさらに増え、みかんの個人通販客は有名経営者や芸能人をはじめとし、1万5000人に届く勢い。増え続ける顧客を目の前にし、谷井さんはある決断を迫られます。

谷井農園の「みかんプレミアムジュース」。写真はホテル向けではなく、直販しているもの。

僕らは農地7ヘクタールの小さなみかん農園で、生産量が限られています。お客様がこれ以上増えると、きちんと対応できなくなります。たいへん心苦しいのですが、価値を感じてくださるお客様に買っていただくために、2割5分から3割程度、一斉に値上げのお願いをさせてもらいました。

ほとんどのお客様がご理解くださったのですが、唯一、すぐに了承してくださらなかったのがパークハイアットさんでした。しかし3カ月後、「いろいろ探してみたが、谷井さんところの代わりは見つからなかった」と言って、今も取引を続けてくださっています。

客が求めるジャムを炊くために1000万円

――谷井農園のみかんは「日本一甘い」「一度食べると、ほかのみかんは食べられない」と評され、もともと高い人気を誇っていました。超高級ホテルへの実績は、谷井農園の評判をさらに高めることになります。決定打となったのがアマン東京との共同開発。アマン東京は、世界のセレブリティから愛されるホテルチェーン「アマンリゾーツ」が、満を持して日本初上陸を果たした最上級ラグジュアリーホテルです。ここでも谷井さんは、顧客満足のために惜しみなく投資を行います。

アマンさんが最初にプレス発表をされたとき、(契約農園と呼ぶだけでなく)僕らの名前も出して、ジュースも紹介してくださったんです。これは大きいことで、谷井農園の名がホテル業界でさらに知られるきっかけになりました。

アマンさんには開業の4年前からお話をいただいていたのですが、本格的に動き出したのは、シェフが決まった開業1年前からでした。アマンさんの場合、シェフが総支配人の次に大きな力を持っていて、何でも決まるのが早く、ジュースに関してはポンポンと話が進みました。ただ、ジャムについては難航したんです。サンプルをお持ちしたのですが、「これは違う。もっと果実のフレッシュ感がほしい」と。

2カ月ほど、ああでもない、こうでもないとやりとりが続き、そりゃもう何百種類も作りましたよ。その結果、うちが持っている設備ではシェフの理想のジャムはできないとわかったんです。シェフ自身が作るジャムは、3~4日持てばよく、(殺菌のために)火をそれほど入れずに済むため、果実感やフレッシュな香りが残る。僕らが作るジャムは瓶詰めで、日持ちが必要。だから、どうしても火を入れる時間が長くなり、果物の風味が飛んでしまう。

どうすれば、フレッシュ感を残せるのかと悩み抜きました。出した結論は、「沸点を下げる」ということでした。気圧を高い場所では、低い温度でも沸騰するじゃないですか。この状態を人工的に作りだせる釜を購入しました。約1000万円は大きな投資でしたが、シェフの期待には応えられました。

必要とわかったら、ためらわずに投資をするほうです。将来、何らかの形で返ってくると信じているんですよ。