最高級外資系ホテルが軒並み採用しているみかんジュースがあります。1本980円と高価ですが、実は製造元の谷井農園は「赤字」だといいます。社員13人、7ヘクタールの小規模農園は、なぜ「超一流の顧客」と付き合い、そこに活路を見出したのか。谷井農園代表の谷井康人さんに聞きました――。
*本稿はプレジデントオンラインの経営者向けサイト「社長の参謀ブログ」の記事です。

すべてのきっかけは「1本の電話」

――今から11年ほど前の話。受話器越しにその名を聞いたとき、谷井さんは自分の耳を一瞬疑ったといいます。それは電話の主が、知り合いのすすめで宿泊し、魅了されたパークハイアット東京からだった。“パークハイアット”は、ハイアットリージェンシー、グランドハイアットを展開するハイアットホテルアンドリゾーツの「頂点」に位置するウルトラハイエンドブランドです。

谷井農園代表の谷井康人さん。

電話の用件は、ホテルのブティックで販売する高級オリーブオイルの仕入れに関することでした。みかん農園のかたわら、副業でオリーブオイルの輸入販売をしていたんです。オリーブオイルのお話をいただけただけでもうれしかったのですが、「これはチャンスだ」と思い、研究を重ねていたみかんジュースも持って行きました。オリーブオイルの商談が終わるのを見計らって、バイヤーの方に飲んでいただくことができたんです。僕にとっては、まさに憧れの存在でした。サービスの質が高いのはもちろん、センスのよい菓子、アメニティなども備えていて、こういった世界観のなかに僕らのジュースが入ったらいいのに、と夢想していました。

――谷井さんは米国・カリフォルニア大学留学中に飲んだフレッシュジュースの味が忘れられず、おいしさの秘密を探るために渡米。年間150万円ものリース代を負担して導入したアメリカ製の搾汁機を駆使し、納得のいく味に近づいていました。バイヤーは即答します。「おいしい。でも、うちには置けない」。パークハイアット東京は欧米人の宿泊客が多く、「みかん」のジュースは扱えなかったのです。谷井さんは、あきらめません。ピンクグレープフルーツやオレンジを使ったジュースを作り、バイヤーに再度飲んでもらい、「採用」を勝ち取ります。こうして始まった超一流ホテルとの付き合いが、「今日の谷井農園の土台になっている」と谷井さんは言います。

鍛えられましたね。彼らのビジネスは、顧客の要望にすべて応えなければならない。たとえお客様に原因がある可能性があったとしても、誠意を持って対応する。もちろん、僕らも同じことを求められます。たとえばですが、あるとき「ジュースのキャップに凹みがある」とお客様がホテルに忠告くださった。どの段階で凹みが生じたのかわからないんですが、二度とキャップが凹まないよう、僕らが改良しなければならない。結局、キャップまでしっかりパッキングすることで、この問題を解決しました。

味についても、鍛えられました。サンプルをお届けし、バイヤーからは「このジュース、いいですね」と好感触を得たのですが、ホテルの上層部が「甘すぎる」とジャッジされた。欧米からのお客様の好みを考えると、もう少し酸味が強くないといけなかったんです。和牛の霜降りがしつこすぎて受け入れられないのと同じように、甘ったるいジュースもダメ。僕はそのとき初めて、「自分がいいと思った味だけでは勝負できない」と悟りました。お客様に合わせたものを考える必要があったんです。

キャップの凹みに限らず、大小さまざまな問題が起きるたび、味についてリクエストがあるたび、改善や研究を積み重ねてきました。そうやって8年が経ったころ、ようやくホテルにご迷惑をおかけするような問題がなくなり、順調に回り出しました。不思議なもので、時を同じくして、ザ・ペニンシュラ東京さんからも、お声がけをいただくことができたんです。

ホテルとのビジネスでは「利益ゼロ」

――みかんの市場価格をご存じでしょうか。1kgあたりおよそ100~1000円程度。ジュースの原料になるランクでは1kg10円まで下がります。ホテルに超高級ジュースを卸す谷井農園の場合、その価格は何百倍にもなります(アマン東京では、1本180mlを980円で販売)が、ホテル向けビジネスでは「利益は出ていない」と谷井さんは言います。

うちにとっては、「ラグジュアリーホテルに入っている」というだけで十分なんです。今でも利益は出ていませんし、この先も出ないでしょう。いや、利益が出ないのは当たり前なんです。かつて、僕らは一度に200リットルのジュースを作っていました。ところが、ホテルからの発注量はごく少量。200リットル作ってしまって、在庫からお出しする方法もあったのですが、ホテル用に生産ラインを組み直して、一度に作る量を20リットルにまで減らしました。これなら注文を受けてから作れて、新鮮なジュースをお届けできるからです。

何をおいても、パークハイアットさんとのビジネスを優先しようと決めていました。だから、「こんなことできる?」とリクエストされたら、とりあえず「できます、できます」と答えて、どうすればよいかは後から考えていました(笑)