「この人、本物やな」と感じた瞬間

――客先は、世界を代表するリゾートホテルチェーン。対峙するシェフは才能の塊。臆することはなかったのでしょうか。シェフと初めて会ったときの印象、その後のやりとりを振り返ってもらいました。

取材ルームにみかんの香りが漂う。飲むと、味は濃厚だが、自然にカラダに吸い込まれていく。

最初は「うまくやっていけるかな」と不安を感じました。若くして要職に就かれた方ですし、妥協は一切ない。才能のある方は、こだわりもお持ちですから。

でも、うちの畑に来てくださって、みかんを試食されたとき、「この人、本物やな」と思いました。味を表現するときの言葉が、やっぱり普通の人とは違うんですよ。圧倒的な「舌」と経験、知識を持っていることがわかりました。すぐにわかります。

地元のレストランで食事をご一緒させてもらったのですが、レストラン側にあらかじめ「料理はこういうの」「そのときワインはこれ」という具合に頼んでおきました。僕としてのいろんな「狙い」を持っていたんです。シェフの「舌」を探るために。すると、やっぱり狙ったところで「これはいい」と感想をおっしゃる。

つまり僕は、彼の「舌」を知りたかったんですよ。ジュースやジャムのサンプルを提案するときは、彼がOKを出すであろう答えから、あえてちょっとずらしたものを持っていくんです。すると、ちゃんとその部分を指摘されてこられる。さすがですよ。

私も半信半疑、シェフも半信半疑だったと思いますが、こういった「舌」の確かめ合いを通じて、お互いに信頼できるようになっていったんだと思います。

「20代で1000万円食べなさい」


――シェフと渡り合えるのは、谷井さんにも「舌」の土台があったからでした。「舌」の重要性に気づかせてくれたのは、神戸にあった伝説のフレンチレストラン「ジャン・ムーラン」のオーナーシェフだった美木剛さんという超一流の料理人です。20代だった谷井さんに、こんなアドバイスをくれたそうです。「20代で1000万円は食べなさい。プロに負けない舌ができる。まずは食べることだ」。

実際には、それ以上食べたと思います。僕は農家ですが、あくまでも「食の世界」でいきたいんです。「人生の師」である美木シェフが、たえず「農家は食の職人やから」と言われていて、その影響も受けています。

アマンさんでは、朝食やルームサービスだけでなく、料理と一緒にジュースを出されます。コースのどこを切っても同じ味というのはもう古く、今のフレンチは徐々に味が濃くなっていって、5皿目を一番濃い味にする、というようなスタイルです。ジュースは何皿目と何皿目の間に出されるのか、そういったことも考えながら、ブレンドしています(谷井農園のフルーツジュースは、自社で搾った果汁をブレンドして作っている)。シェフが作る味が主役であり、ジュースは脇役。料理の邪魔にならないか、ということを大切にしたい。考えても答えが見つからないときはしんどいですが、おもしろい仕事ですよ。

あるとき、美木さんが畑にいらして、うちのジュースを試飲されたんです。「うまいな」と言って、3杯もおかわりしてくださった。そのときは、この仕事をやってきて、本当によかったと思いました。