そもそもこの「小中華思想」の解釈が間違っている。韓国が持つと「される」小中華思想とは、中国をナンバー1と捉えて、半島がその次、日本がその下という秩序ではない。

17世紀中葉、漢民族の国・明朝が滅亡して満州族の王朝清が勃興すると、東アジアの華夷秩序は崩壊した。華夷秩序は漢民族の王朝を頂点とした国家の上下関係を指すので、その中心である明(みん)が滅べばこの秩序は機能しない。

高校レベルの歴史知識も怪しい

大陸における明朝から清朝への王朝交代――これを「華夷変態」と呼ぶ――によって、華夷秩序をけん引する正統なる後継者は明朝の属国であった朝鮮に移った。したがって朝鮮こそが明朝亡き後の華夷秩序の後継者である。これが「小中華思想」の正しい解釈である。

つまり「小中華思想」とは、朝鮮こそが世界の一等国という発想なのである。それなのに、「中国1番、半島2番、日本3番」というネット上の間違った歴史解釈を、この本は疑うことなくそのまま転写している。「小中華思想」に基づく韓国一等主義は、現代においては「高句麗論争(朝鮮半島北部と満州の一部を支配した高句麗が、朝鮮民族の王朝だとする韓国側歴史学者と、それを否定する中国側学者の論争)」などにも顕著に見て取れるが、そういった海外の歴史論争の時事についても、著者の疎さが伺える。全般としては、高校程度の日本史、東アジア史の把握も正確にできているかどうか疑わしい。

しかし、いまだに「士農工商」の身分制度とか「六公四民」の極悪非道な重税、という近世日本史観が自明のものであると信じて疑わない人をまま目にする現在、この程度の水準の本のほうがかえってヒットにつながるのかもしれない。私も、今後は売らんかなのために、「儒教」とか、ネット右翼界隈では目新しい概念をてことして中・韓・朝を斬ってみることにしよう――。もちろん嘘である。

日本も「小中華思想」の国だった

明の滅亡と清朝への交代は、日本にも重大な影響を及ぼした。徳川の幕藩体制も、朝鮮半島と同じように「華夷変態」による東アジアの世界観の混乱を受け、自らこそが世界の一等国=中華であるという錯覚を抱いた。徳川幕藩体制にあっては、北方に蝦夷(アイヌ)、南方に琉球、西側に李氏朝鮮を従えているという、日本中心のナショナリズムが勃興した。これを「日本型華夷秩序」と呼ぶ。