政府も野党も自分の立場・価値観を鮮明にしろ!
加計学園問題で国会は大騒動になった。組織的犯罪処罰法改正案(テロ等準備罪・共謀罪)が重要審議法案だったにもかかわらず、文科省や内閣府における「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」関連の文書の存否に焦点が当たってしまい、肝心のテロ等準備罪・共謀罪については審議消化不良のまま国会閉会となってしまった。
このテロ等準備罪・共謀罪においての《核心的問題点》は捜査機関の「将来における」捜査権限の強化の有無だったのに、政府は「現段階では」捜査権限の強化は考えていないと煙に巻いた。そしたら野党はすかさず、「将来においても」捜査権限は拡大しないのか、と念を押すべきだった。そうすれば、それに対する政府の答弁によって、テロ対策についての本来的な議論ができたはずなんだ。
テロ等準備罪・共謀罪の審議がおかしな方向に行ってしまったのは、やはり政府の最初の説明のせい。ごまかしちゃったんだよね。「一般人は対象にならない」という説明。こうなれば野党としては「じゃあ一般人とは何か?」を問うことになってしまう。国会ではその議論に終始した。
野党は野党で「犯罪の範囲が広がりすぎて市民生活が委縮する!」「監視社会になる!」の一点張り。国会審議が充実しなかったのは野党の議論の応じ方にも原因がある。結局のところ与野党の議論の立て方の能力不足によって、肝心の法案の審議が不十分なままで国会が閉じてしまった。国民からすると最悪な結果だ。
僕はテロやマフィア犯罪を抑止するためには、一定、捜査機関の捜査権限を強化せざるを得ないと考えている。その代わり、それに合わせて容疑者・弁護人の権限も強化する。今の時代、市民の自由ばかりを強調してはいられない、というのが僕の立場だ。
もちろんこの認識には反対の声も強いだろう。「とにかく市民の自由が一番。現行の捜査機関の捜査権限を強化する必要はない」という意見。
テロ等準備罪・共謀罪の議論をするにあたっての核心的問題点は、このような「自分の立場」を明確にすること。議論する者がこの立場を明確にしないと、何百時間議論しても意味のある議論にはならない。
だが今回、この点、政府与党も野党も立場・価値観をはっきりさせていない。
テロ等準備罪・共謀罪に徹底抗戦していた野党が「捜査権限の強化は不要だ。現状でいい」と言うなら、テロの発生を防げなくても仕方がないということも明言すべきだ。それはそれで一つの立場・価値観。
ところが野党はそう言うと、国民から批判を受けると感じたのか、テロが発生しても仕方がないとは言わない。じゃあテロ抑止は必要と考えているのかと言えば、捜査権限の強化については監視社会に繋がるとして否定的だ。捜査権限の強化なくしてどうやってテロを抑止するのか僕にはさっぱり分からない。民進党は空港の手荷物検査強化法なるものを出してきたが、現行の捜査権限の中で、手荷物検査強化法や個別的な予備罪の拡大だけで、どのようにテロ抑止に繋がるのかが全く理解できない。
しかし政府与党の立場もはっきりしない。2月の初旬には金田勝年法務大臣は、「現段階では通信傍受(=盗聴)の拡大(捜査権限の拡大)は考えていないが、その後の実情に応じて検討していく」旨の答弁をした。ところが、監視社会になる! という野党の追及が強まり、それをかわそうとしたのか、5月下旬には「現段階では通信傍受の拡大は考えていない」の部分だけを強調し、将来の通信傍受拡大の余地を狭めてしまった。
安倍晋三首相も同様の答弁を行った。市民に対象が広がらないのかという質問に対して「現在行われている他の犯罪と同様の方法で、刑事訴訟法の規定に従い、必要かつ適正な捜査を行う」と答えたのだ(5月30日参院法務委)。テロ等準備罪・共謀罪は実体法(処罰の範囲)を定めただけで、捜査権限を定めている刑事訴訟法には何の変更も加えていない。すなわち捜査権限の拡大はない、ということだ。
ここがテロ等準備罪・共謀罪の議論において与野党の最大の攻防のはずだった。野党はすかさず、「将来も」通信傍受の拡大はないのか?と詰めるべきだった。まさに冒頭の核心的問題点。将来における捜査権限の拡大の有無。
そしてそれに対して政府が「今後も」拡大は考えていないと逃げの答弁をすれば、ここで捜査権限の拡大は考えていないという政府の立場・価値観が明確になる。
このような政府の立場・価値観が明確になれば、政府がテロ対策をいくら声高に叫んでも空しいだけだ。テロ対策として処罰される範囲がこれまでの刑法よりも広がったとしても、重要なことはどうやってその証拠をつかむか。まさに捜査権限が重要なんだ。証拠がなければ逮捕もできないし、裁判で有罪にもできない。金田法務大臣は証拠の確保の仕方について完全にごまかした。「他の犯罪で容疑者として捕まっている者が偶然ポロっとしゃべったことをきっかけに捜査する」という趣旨のことを言っていたが、そんなやり方でテロ犯を捕まえるなんて言ったら国際社会から笑われるよ。
それでも政府が捜査権限の拡大を今後も考えないとするならば、政府のテロ対策は中身がないものになる。じゃあ何のためにテロ等準備罪・共謀罪を定めたのかと言えば、それは組織的犯罪処罰条約(TOC条約)に加盟するためということになる。本来的なテロ対策というよりも条約加盟が目的。
条約加盟が目的であって捜査権限を拡大しないのだから「監視社会になる」という野党の批判は論理的ではなくなる。そして、条約に加盟するためにはテロ等準備罪・共謀罪が必要不可欠なのかということだけが最大の論点になる。条約加盟するだけでは監視社会は今以上に強化されない。捜査権限の拡大があってはじめて今以上の監視社会になる。
他方、条約に加盟するだけで捜査権限の拡大を図らないというのであれば、テロ対策としては全く不十分なので、政府与党もテロ抑止になることをことさら強調するのはよくない。それは国民を騙していることになる。テロ対策としては全く不十分であることを素直に認めなければならない。
※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.59(6月20日配信)からの引用です。もっと読みたい方は、メールマガジンで!! 今号は《なぜ「共謀罪」論議が噛み合わないか?議論の黄金法則を伝授します!》特集です。