9年前の安倍晋三首相辞任、消費税増税をめぐる攻防、刺々しい外交交渉……。元TBS記者の著者が、目撃した数々の場面を濃密な筆致で描く。

記者には2種類いる、と著者は言う。「政治家とは距離を置く記者と、突っ込んでいく記者。私はその中間ぐらいです」。

とはいえ、9年前の安倍晋三首相辞任、消費税増税をめぐる攻防、刺々しい外交交渉……著者はしばしばそうした重要な場面の目撃者となり、時に密使役も果たしている。

山口敬之(やまぐち・のりゆき)
フリージャーナリスト・アメリカシンクタンク客員研究員。1966年、東京生まれ。90年慶應義塾大学経済学部卒、TBS入社。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部等を経て13年よりワシントン支局長。16年5月TBSを退職。

特に「安倍辞任」を著者が察知しスクープした挿話や、安倍氏と麻生太郎副総理の特異な関係性の描写は、当事者に信頼された記者にしか許されぬ濃い空気が行間に漂う。

「名門出身で、総理という地位の“どす黒い孤独”を同じレベルでわかってくれる、という信頼関係があるのでは」

もっとも今、メディア従事者を見る世間の目は厳しい。

「政治家と食事をしたり、聞いたことを全部書かないのは怪しからん! という人は我々の作業をわかっていない。食事に行かない記者は記者じゃないし、奢られるのが嫌なら払えばいいし、聞いたことをすぐ全部書く人に大事な話をする人はいません」

ただ、記者がいかなる仕事なのか、何も発信しない僕らも悪い……とも付け加えた。

「何も書かなければ秘書と同じ。重要なことはいずれ伝えます。それでその政治家と没交渉になったら、そこまでの人間関係だったというだけ」

著者は昨春、週刊文春に「韓国軍にベトナム人慰安婦がいた」と題した記事を実名で執筆。大きな反響を呼んだ。もともとTBSワシントン支局長として取材して素材を収めたものだが、「『○○が足りない』などといわれつつ5カ月引き延ばされ」、最終的に扱わないとの決定が下された。

「1分でもやればいいのに、まったくやらないのはおかしい。ここで黙ったら、今後プロとして生きていけない」

社外活動届を出したが、四の五のいわれて認印が貰えない。自局で報じぬ、ほかでも許さぬではただの隠蔽である。

「頭にきて書いた。なぜそこまで頑なに報じなかったのか、いまだにわからない」という。

すぐさま東京に呼ばれて事情聴取。15日間の出勤停止と支局長解任処分、営業部門への異動の辞令が。今年5月にフリーランスに転じた。

「25年やってて、初めて書くなといわれた。変わった会社だったんだな、と(笑)」

この出来事がなければ、本書は世に出なかったか、出ても後年になったろう。今、文春記事と本書に目を通せた我々は幸運かもしれない。

(的野弘路=撮影)
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