1カ月目には爪がぼろぼろ、3カ月目には血尿

1日48キロの険しい山道を毎日16時間かけて歩き、これを4カ月、定められた時期に奈良の吉野山から大峯山という標高1719メートルの山まで往復しました。9年がかりの大修行です。

真っ暗な午前零時に出発して帰ってくるのが午後の3時半。その間に食べられるのは、おにぎりと水だけです。台風の日も、具合が悪くても、5月3日から9月3日まで1日も休むことなく、歩き続けます。だいたい1カ月目には栄養失調で爪がぼろぼろにはがれてきて、3カ月目には体力の限界になり、血尿が出ます。もし途中で行をやめる場合は短刀で腹を切り、行を終えなければなりません。これを9年間続けたわけです。

そして、32歳のときに「四無行(しむぎょう)」という、9日間、飲まず、食べず、寝ず、横にならずという修行も行いました。一番の苦しみは喉の渇きです。初日からしてつらいのですが、2日目、3日目と日が経つにつれ、言語を絶する地獄の苦しみとなっていきました。

そんな過酷な修行を終え、里に下りてきてある日、ふっと突然気づいたのです。「あっ、そうだったのか!」と大きな気づきがありました。それは自分自身が嫌だと思ったら、どんなに隠しても、相手に対してどこか表情や行動、仕草などで、嫌な雰囲気が伝わっていたのではないか。知らず知らずに相手に嫌な思いをさせていたのは、まさしく自分だったのだと、心の底から反省したのです。それも自分の嫌いな相手と話しているときに、ハッと気づいたのです。

内心で自分が相手を嫌いだと思えば、おそらく相手も嫌いだと思います。私が初めから、もっとその人を受け止めるだけの大きな器のある人間だったならば、相手に対しても嫌な思いをさせなかったのではないかと自己を省みたのです。そこで心の中で「忘れきる」「捨てきる」「許しきる」ことの大切さを知りました。