うっかり者、はみだし者こそが組織に貢献する

同じアリの研究で言えば、広島大学の西森拓博士の研究グループが、仲間の働きアリのフェロモンを追尾する能力の正確さと、コロニーに持ち帰られるえさの量の関係を、コンピュータシミュレーションを使って分析している。

アリはえさを見つけると、仲間をフェロモンで動員する。そのフェロモンを100%間違いなく追尾するアリばかりで構成されるグループと、時々間違えてしまう「うっかり者」が交じったグループとで、えさを巣に持ち帰る効率を調べた。「すると完全に追尾するグループよりも、うっかり者がある程度存在するグループのほうが、より効率が上がったのです」(長谷川氏)。

最初にえさを見つけたアリはフェロモンを出して自分が見つけた道筋へ仲間を誘導するが、その経路が最短とは限らない。「うっかり者」が交じっていると、最初の経路をショートカットするようなルートを発見する場合があり、結果としてえさを持ち帰る効率が上がるようなのだ。「うっかり者」という非効率な存在が、組織全体の効率アップに貢献しているというわけだ。

動物・昆虫が示す、組織の長期存続、多様性の重要性

カブトエビという節足動物では、こんな事例も報告されている。カブトエビは水中で成長する生物だが乾燥した場所に住んでおり、時折降る雨によってできた水たまりで発生、成長し、産卵する。乾季で水が干上がったら、卵の形で休眠して次の雨を待つ。

こうした不安定な環境で育つカブトエビの卵は、1回濡れると孵化するもの、2回のもの、3回、またそれ以上のものとバラエティに富んでいるというのだ。

仮に、1回濡れると孵化する卵ばかりで構成されているとしよう。一度に生まれる子どもの数は、濡れる回数が多様な場合よりも多くなり、一見短期的な効率は高そうだ。だがその1回目の降雨がたまたま少なく、卵が孵化した水たまりがすぐ干上がってしまったらどうなるだろうか。生まれた子どもたちは全滅となる。そうしたリスクをヘッジするため、カブトエビは多様な卵を産んでいるのだ。

こうしたアリやカブトエビに見いだせるシステムは「組織の中に多様性を持たせることで、リスクをヘッジしたり、効率を上げたりしている」システムだとも言える。これは、人間社会でも重要なことだろう。

だが、長谷川氏は「最近の日本企業は、組織内の多様性を下げることで効率を高めようとしているように見える」と話す。企業内の人材構成に多様性が必要な場面として長谷川氏が挙げるのが、ブレーンストーミングだ。「私たちも研究の方向性が見えないときなど、さまざまな角度から意見を出し合う。参加者の思考パターンが似通っていては、ブレーンストーミングになりません」。

また自身もLGBT(性的マイノリティ)で、女装の東大教授として知られる安冨歩氏は、「LGBTの人たちには、差別になどあったこともない人とは違った社会の一面が見える。彼らの鋭敏な感性に基づく知恵や知識が、イノベーションを起こす資源となる」と指摘する。これなども、今の企業に人材の多様性が求められる理由の1つだろう。

環境変化の速さや激しさが増す中、ビジネスモデルの寿命は短くなって、企業は次々と新しい「創って、作って、売る」のサイクルを生みだす必要に迫られている。「だからこそ、普段は働かないアリのように、ルーティンワークは苦手でも、これまで見たこともないような問題に対処できる人材を、企業も雇っておく必要があるのではないでしょうか」(長谷川氏)。

一見非効率な存在を許容するからこそ、組織の長期的な存続は図れるのだから。

北海道大学大学院准教授 長谷川英祐(はせがわ・えいすけ)
進化生物学者。北海道大学大学院農学研究院准教授。1961年、東京都生まれ。大学時代から社会性昆虫を研究。卒業後、民間企業で5年間勤務の後、研究者の道に。主な研究テーマは社会性の進化、集団をつくる動物の行動など。著書に『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー新書)、『面白くて眠れなくなる進化論』(PHP研究所)などがある。
(構成=五嶋正風)
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