コンビニエンスストアを産み出し、日本最大の流通グループを作り上げた鈴木敏文氏は、なぜ辞任しなければならなかったのか。鈴木氏本人をして「私以上に私を知っている」と言わしめたジャーナリストの勝見明氏が、その真相を分析する。
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なぜ鈴木敏文氏は世間から誤解されるのか

セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長が辞任の意向を表明した。私はこれまで鈴木氏に数十回取材を行い、鈴木氏の発想法や仕事の仕方、生き方についていろいろな角度から質問し、その暗黙知を引き出し、言語化(形式知化)するという仕事を続けてきた。そのため、鈴木氏本人から「私以上に私を知っている」と評されたこともある。その私から見ると、今回の辞任劇についてのマスコミ報道や世の中の反応には、多分に「誤解」が含まれているように感じる。

鈴木氏の思考法の大きな特徴は、常に未来に起点を置いて発想することにある。過去や現在の延長線上で考えるのではなく、未来に目を向けて、可能性やあるべき姿を見いだしたら、そこから顧みて過去や現在を否定し、目の前の壁を打破して、実現していく。

鈴木氏が未来に目を向けるときは、既存の常識や過去の経験というフィルターは一切通さないで「見る」ため、われわれ凡人には見えないものが見えるのだろう。この「未来に起点を置く」という発想は、過去や現在の延長線上でものごとを考える人々からはなかなか理解されず、その都度、周囲から猛反対にあった。セブン-イレブンの創業も、おにぎりの発売も、セブン銀行設立もそうだった。

未来が今を決めるのだ。

私が鈴木敏文という人間に強い関心を持ったのは、巨大企業のカリスマ経営者からだというだけではない。20世紀最大の思想家であるハイデガーの「未来が過去を決定し、現在を生成する」「過去が今を決めるのではなく、未来というものを置くことによって、過去が意味づけされ、今が決まる」という考え方を、鈴木氏が経営において実践していることへの共感からだった。