2016年3月28日(月)

なぜ経済成長率が下がるとセックス回数が減るか

男と女の絶対法則【セックスレス・少子化編】

PRESIDENT 2015年1月12日号

著者
船曳 建夫 ふなびき・たけお

船曳 建夫1948年生まれ。 東京大学大学院教授。専門は文化人類学。ケンブリッジ大学大学院社会人類学博士課程修了(Ph.D)。主著に『二世論』『「日本人論」再考』『旅する知』。編著に『知の技法』シリーズなど。

船曳建夫 編集=渡辺一朗 構成=奥田由意
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江戸時代も晩婚、少子化だった

──江戸時代は夜這いの風習や春画からの連想で性に開放的だったと思われているが、晩婚で出生率が低かった。

江戸時代中期以降、人口は2000万から3000万まで緩やかに漸増しました。内政が安定し、内戦や大きな疫病・飢饉がなく、死亡率を低く抑えられたのです。300の藩で地方分権し、よく統治していました。

当時は晩婚で21歳くらいで結婚しており、出生率も低かった。子の数を養える範囲に抑えるために、共同体の知恵として、出産可能期間を短くする晩婚が実践されていたのです。

わが国は江戸時代にも晩婚・少子化を経験していた!で、男性が集中していた。人口は男性30万人に対して女性20万人。未婚の男も多かったという。

一転、明治時代は国力増強のため、結婚・出産が奨励されました。富国強兵政策で、働き口も十分あり、子供が増えても養えた。人口は急激な上昇に転じ、戦後の高度経済成長期まで約100年にわたり増え続け、現在再び未婚・晩婚化に転じています。

日本列島で生産できる食糧には限界があり、社会が無意識にそれを感じ取って人口を抑制しようとしていることと、結婚を遠ざけたくなる“個人の事情”が合致した結果でしょう。

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