抗がん剤、病院選び、がんの正体……がん患者さんとご家族が“がん”と“がん治療”の全体像について基本的知識を得る機会は多くありません。本連載では、父と妻を“がん“で失った専門医が、医師そして家族の立場から、がん治療の基本を説きます。

ベストな治療を選ぶのが難しい場合も

患者さんはほとんどの場合、十分な医学的知識があるわけでもなく、どんな治療をするべきかを自分で決めることはできません。しかし、がんの治療では、時として医師から治療法の選択肢を提示され、その中から選ばざるをえないことがあります。

通常、医師が提案するのは、医療サイドから見て患者さんにとってベストであると思われる標準治療です。しかし、がんの状況によっては「ベストな治療はこれである」と医師の側から選定するのが難しい場合もあり、そのような場合は、どの治療を選ぶかの判断を患者さんに委ねることもあります。

極端にいえば「次の(1)~(3)のうち、どれを選びますか?」というようなことです。

『がんを告知されたら読む本』(谷川啓司著・プレジデント社)

(1)完治は難しく障害が残るかもしれないが、がんの塊は除去できるので手術をする
(2)手術はせずに放射線と抗がん剤の治療を行いながら延命を目指す
(3)何もしないで緩和ケアのみ行う

こういった場合の選択肢はすべて一長一短で、どれが正解でどれが間違いだとはっきり言うことは難しいでしょう。

たとえば最初から(3)を選ぶ人は少ないと思います。ところが、何もしないからといって必ずしも余命が一番短いとは限りません。

(1)(2)では副作用や合併症に苦しむかもしれませんが、がんの場所によっては症状があまり出ない場合もあるのです。このように、仮にきちんとした情報があっても、どれが一番いいのか分からないことには変わりありません。

したがって治療を受ける患者さんが後悔のない選択をするには、病気を現実的にとらえて、何を求めるための治療を行うのかなどをよく考えたうえでの、冷静な判断を必要とします。