〈ぺらぺら山の頂上から地上を見下ろした景色は、あなたの想像以上に、この上なく美しいものです〉と、複数の外国語をマスターしたロジャー・パルバース氏は、ネーティブレベルに会話できる状態になったときに到達する世界について、著書の中で表現する。多くの人は、ある程度英語が伝わるレベル=(英語をぺらぺら話せるようになるレベルを山頂とする“ぺらぺら山”の)7合目くらいまで登ったところで満足してしまうことへの叱咤激励でもある。
氏の母語は英語であるが、ロシア語、ポーランド語、日本語をネーティブレベルでマスターしている。氏がどれだけ日本を愛しているかは半世紀にわたる日本滞在での個人的な体験を綴った『もし、日本という国がなかったら』にもあるが、日本語、日本人を熟知しているからこそ、日本人のための英語学習法を解き明かすことができたのだ。
「ほとんどの日本人が勘違いしていることは、英語が簡単な言語だと思っていることです。実は英語は最も難しい言語の一つで、それをまず認めることから始めないと完ぺきには習得できません」
英語が世界共通語になっていることを否定する人はいないが、その英語が最も難しい言語であるとは皮肉な話だ。
「英語は他の言語と比べて圧倒的に語彙が多いです。英語は、紀元前から11世紀までのたび重なるイギリスへの異民族の渡来によって複数の言語が影響し合って生まれました。さらに、17世紀の大英帝国、19世紀のアメリカの興隆などが言語に影響を及ぼし、語彙が増えてきたのです。日本語検定1級レベルとされる1万単語の語彙を英語で習得しても、ネーティブでは10歳のレベルです。発音も難しい。文法も不規則で、綴りと発音が一致しない。でも、本当にネーティブと同等に話をするには、語彙と表現力が必要です」
本書は英語がたどった複雑な歴史をわかりやすく説明することから始めるが、一見この学習法は迂回しているように見える。実は成り立ちを知ることが語彙を効果的にかつ飛躍的に増やす基礎になる。英語は特にその人が使う語彙と知的レベルが比例すると考えられている言語なので、active vocabulary(使いこなせる語彙)を増やすことは極めて重要である。そのうえで、身ぶり言語のような非言語表現の使い方も教えてくれる。目から鱗の学びである。