なぜ、抱っこされる小学生は自立するか?

一方、家庭内で親の思う通りの従順な子どもはどうでしょう。

一概には言えないかもしれませんが、これは危険な兆候といえるかもしれません。家の中でダラダラできない。そんな子は「お前は言うことを聞かないダメな子ども」という烙印を押されるのが怖いのです。だから「あなたに期待しているのよ」というプレッシャーに対し、ぴしっとします(もしくは、その振りをします)。実は彼らは、親が自分の思い通りになることを期待しているのを見抜いているのです。

そこで、ガス抜きをどこでしているかというと、外の社会です。家庭では真面目な子どもが「なぜ!?」と思うような危ないところに出入りするのも、ここに当てはまります。

ガス抜きが、学校でのいじめという行為で表出することもしばしばあります。

「厳しすぎる家庭」や「過度の競争社会」の生む「一見言うことをよく聞く子ども」「一生懸命やる子ども」の起こす弊害です。そう考えると、必ずしも親の言うことを聞かない、少しダラダラしているというのも、成長の過程において意味があるといえます。

「そんなものだ」と思って、ゆったりと構えたいところです。

(2)「抱っこ」で愛情チャージ。それが子の自立につながる

子ども自身にも、Iメッセージ(僕・私は~~だ、という発信)があります。読者のご家庭のお子さんは「こうしたい」という思いを表現できているでしょうか。自分を抑圧して思いを伝えられない子どもは苦しんでいます。

そこの判断基準となるのが「抱っこして」と言えるかどうかです(小学校中学年以降でも)。

突然、親の膝の上に寝転がってくるようならそれも同じことです。「抱っこして」は、甘えている証拠です。親に受け容れてもらえるという安心感を持ち、素の自分をさらけ出せている証拠です。

ここは、可能な限り十分に甘えさせてあげましょう。十分に甘えさせてもらった子どもは、エネルギーを蓄え、外の社会へ出て自立します。

これが出せない子どもは、危ないことがあります。本当に必要な要求が出せないということです。赤ん坊に例えるなら、お腹が空いているのに泣かないのと同じです。だから「抱っこして」と言ってきたらまずは、ひと安心。十分に甘えさせてあげます。

ちなみに、「甘やかす」のとは訳が違います。

これは例えば、買い物で欲しいものをねだって、だだをこねるので仕方なく買ってあげるような行為です。別の例でいえば、歩くのが疲れるからというだけの理由で、子どもを学校まで送迎してあげるような行為です。

見分け方は簡単で、それで将来子どもが幸せになるか不幸になるか考えるだけです。

甘えさせれば、人にも優しくなるなど人格が安定し、将来的に幸せになります。

甘やかせば、自分勝手のわがままになって、将来的に不幸になります。

「抱っこして」は決してわがままではありません。愛情エネルギーチャージの要求です。どんなに忙しい中であっても、たとえ数秒でもいいから、「抱っこタイム」を意図的に設けて、親子で心身をゆったりと回復させましょう。