キレる寸前の雰囲気を漂わせる沈黙

威圧感を与える沈黙で墓穴を掘った役員と、その沈黙で社長のポストを「ゲット寸前」までたどり着いた役員がいる。

墓穴を掘った役員は10年ほど前、高校や大学の教材をつくる会社(正社員数250人)で勤務時間中、何時間も腕を組んで黙っていた。60代前半で、管理部門の担当だった。経理や総務のフロアで、ひときわ大きな机の前の椅子に深々と座っていた。眉間にしわを寄せ、ふてくされていた。

「……」

役員の口ぐせが、この沈黙だった。甘やかされて育った幼稚園児が、思うようにならないと、突然、キレる寸前のような雰囲気を漂わせる。社員たちはおびえ、ご機嫌をとっていた。

机に向かい、仕事をするのは1日で2時間。ほかの時間は、怒った地蔵のように身動きをしない。

役員は、これより8年前の、1990年代後半に大手銀行から移ってきた。バブル時代には支店長をしていたらしい。本人は、「支店長をしていた」と管理部門の社員らに豪語していた。それはホラだった。役員が、銀行にいた頃の同僚たちが証言していた。

「支店乱造のバブル時代の、小さな支店長でしかない。行員は5~7人。しかも、数年だけ。その後は、本店で部下もいない、形式上の管理職」

役員は、教材をつくるこの会社では、管財人のような立場だった。会社が多額の借金を返済するために、銀行員であったこの男を役員として受け入れた。当然、教材をつくるノウハウも、売る方法も知らない。

社員たちからなめられないようにと考えたのか、ずっと黙るようになった。社員から、交通費の清算書に印鑑を押すことを求められると、「印鑑が曲がっている!」と突っ返す。社員たちが委縮すると、勝ち誇ったかのような表情をみせた。威厳を保つ、唯一の瞬間だったのかもしれない。

社員の間では、「銀行から追い出せれ、深刻な劣等感を持つおっさんが、心を回復させる儀式」と茶化されていた。

威圧を与えようとする沈黙は、一段とバカにされるものでしかなかった。役員は社長になることなく、ひっそりと消えた。沈黙は使い方を誤ると、みじめな結果になる。拙書『会社で落ちこぼれる人の口ぐせ 抜群に出世する人の口ぐせ』(KADOKAWA)では、いくつかの事例を取り上げた。