長所を見つけ才能を引き出す達人

「吉田松陰の情熱に魅かれる」と語る井上真央さん。

吉田松陰という破天荒な兄を愛し、そして時にはぶつかりながら幕末・維新を生きる――。2015年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」は、そんな杉文の生涯を描く。ヒロイン役の井上真央さんは、撮影しながら感じた松陰の魅力を次のように話す。

「いままでは過激な人というイメージでした。けれども、妹の目を通して見る松陰さんは、とても家族思いで、本当に弟子たちも大切にしています。そんな人間らしさと時代を変えていこうとする情熱がすごいなと感じました」

わかりやすく歴史をひもとく作家の童門冬二氏は「いま、日本に一番欠けているのが家族、そして家庭の確立です」という。そして、儒教の聖典の一つ『大学』の「修身斉家治国平天下」をキーワードとして挙げる。

「天下を平定するには、まず自分の行いを正しくし、次に家庭を整え、国を治めるという順序があるという儒教の基本的政治観です。吉田松陰は、これを教育者として実行しました。やはり彼の真価の一面が、そこにあるといっていいでしょう」

安政元(1854)年、松陰が25歳のとき、アメリカ軍艦での密航に失敗して、国元の長州へ送られたときの松陰がまさに教育者だった。松陰は入れられた萩の野山獄で『孟子』の講義を始める。ここには何十年と牢にいる人がいて、なかには女性もいたが、松陰は誰とも分け隔てなく接した。

童門氏は「罪人だけでなく、家族から厄介者扱いされ、ここに長く閉じ込められた人もいたのです。松陰は、そのような人物ですら長所を見つけて交誼を結び、それぞれの才能を引き出そうとしました。まさに彼は“野山獄の太陽”だったのです」と説明する。

その入牢者の一人に富永有隣という藩校明倫館の元教授がいた。いわゆるひねた性格で、しばしば問題を起こす。ただ、彼は儒学と書に秀でていたことから、松陰に牢内での書道の指導を頼まれる。最初こそ無視していた有隣だが「雅号のように、あなたの徳を慕って多くの人が周りに集まるようになってください」との言葉に感じ入り、やがて松陰に心を開いていく。

この一事から察すると、松陰は相手の長所を発見する勘がいいのかもしれない。彼が好んだ孟子の性善説の影響だとしても、人間の短所は見ないというのは、ある意味では途方もない楽天家だったのだろう。