「リーマンショックで、潰れかけた」。ホンダの社員はこう口を揃える。多額の赤字に陥ったわけではない。だが数字には表れない「危機感」が共有されていた。本田宗一郎と藤澤武夫という2人の創業者が、経営理念をめぐって議論を続けたように、いま現場にいる人間の仕事も、「ホンダらしさ」を問い直すことから始まった――。

創業者もせめぎ合った「ホンダらしさ」の謎

ホンダ(本田技研工業)には「三つの喜び」という有名な社是がある。

これは同社のウェブサイトにも掲げられている「Hondaフィロソフィー」の一つで、本田宗一郎が1951年の社内報で語ったものだ。

<私は、我が社のモットーとして「三つの喜び」を掲げている。即ち三つの喜びとは造って喜び、売って喜び、買って喜ぶという三つである>

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移り変わる「三つの喜び」の順序

技術者である本田宗一郎はこう語った後、「第一の喜び」である「造る喜び」について、次のような凄みのある言葉を続けている。

<第一の造る喜びとは、技術者にのみ与えられた喜びであって、造物主がその無限に豊富な創作欲によって宇宙自然の万物を造ったように、技術者がその独自のアイデアによって文化社会に貢献する製品をつくりだすことは何ものにも変えがたい喜びである。しかもその製品が優れたもので社会に歓迎されるとき、技術者の喜びは絶対無上である>(1951年 ホンダ月報 No.4 12月号「三つの喜び」)

だが、ここからがホンダという会社の面白いところで、彼がそのように語った4年後、もう一人の創業者と言えるパートナー・藤澤武夫は<これは大変な誤りであることに気がついた>と話し、<順序を変えなければ企業は失敗する。それは、“お客様の喜び”を第一番目にしなければならない筈だ。“その喜び”があって初めて“売る喜び”がある筈である。その“二つの喜び”の報酬として“作る喜び”になるのが順序である>(55年社報 No.18「S・P・Bの講習を受けて」)という言葉を残しているのである。