「独立国家としての日本のあり方」を追求するという安倍首相の理念が、日米関係に微妙な影を落とし続けている。靖国参拝、憲法改正等々、それは、戦後70年近く続いている戦後体制を変えるという深刻な問題に繋がりかねないからこそ、日米関係に極めて難しい軋みが生じるわけである。

中国の台頭により日中間の緊張が増大する状況下で、日韓関係も厳しさを増している。これに対する米国の危惧が背景にあることは間違いないにしても、安倍首相の基本理念が、戦後の日米関係、いわゆる戦後体制を揺るがす根本問題を内包していることも否定できない。

歴史上、最大の虐殺とすら言われるドレスデンや東京への無差別爆撃、そしてヒロシマ、ナガサキへの原爆投下の正当性の論議は、燻ったままである。

「原爆投下は、日本の降伏を早期に導くために、熟考の末採用された政策であり、実際にそれが戦争を終結させた」「原爆が使用されずに日本本土への上陸が展開されていたら、甚大な被害が想定され、米兵の犠牲者は100万人を上回ると推定されていた」。これらは、戦時下に米国の最高政策決定グループで枢要な地位にあり、原爆投下の判断をする立場にあった陸軍長官スティムソンが発表したハーパーズ論文の一節である。

戦後、米国内では原爆投下の正当性を問う動きが起きた。ハーパーズ論文はこれを抑えるために、原爆開発計画で中心的な役割を担った科学者でハーバード大学総長のコナントに要請されて書いたものである。しかしスティムソンはこの「任務」にためらい、「自分は原爆投下の決定を弁護するためにコナントに選ばれた“犠牲者”である」と告白した書簡が残っている。

スティムソンは、T・ルーズベルト大統領に補佐役として抜擢された後、陸軍長官、ニカラグアの特使、フィリピン総督、国務長官を歴任し、F・ルーズベルト、トルーマンの戦時下で再び陸軍長官を務めた人物である。米国が孤立主義から一転、圧倒的な経済力と軍事力で国際政治を主導するようになった時代に、中庸で高潔かつ透明な頭脳によって米国の政治を支えた。

特に第二次大戦下から戦後にかけて、米国のあらゆる意思決定に主導的な役割を果たした。日本に対しては、何よりも天皇制の護持を前提として、戦後のあり方を提示している。原爆についても、国際的な管理の仕組みをつくらない限り、原水爆による軍拡競争に陥ると早くから指摘して、その後の米ソの冷戦を予知していた。

日中間の緊張が年ごとに大きな課題となっている今、改めて日米関係を考えるうえでも、スティムソンが果たした役割を知ることは大きな意味を持つ。

本書は、当時の国際関係とスティムソンの政策については物足りない面もあるが、膨大な文書や日記を周到に読みこなして書かれた労作であり、一読してほしい書である。