「一日なさざれば、一日食らわず」。禅では仕事も修行の一つだ。「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれた高僧が、あなたの日頃の迷いに対して、考え方の筋道をわかりやすく説く。

目の前の課題に打ち込めないのは、「明日がある」と思っているからです。大病を患って余命わずかと宣告された人は、「やる気が出ない」などとは言いません。残された時間を精一杯に生きようとします。モチベーションが上がらないと悩むのは、心のどこかに余裕があって、必死になれないことの裏返しです。

その課題に対して必死に努力できるときは、自分のやる気など意識することはありません。要は、どれだけ主体的になれるかにかかっているのです。

自分に合った仕事を求めて、会社を転々と移っていく人がいます。他人の仕事は楽しそうに見えるのに、自分の仕事にはなぜか興味がわかない。そうして次の会社に移っても、しばらくすると不満を感じてしまうのです。目の前のことに主体的に取り組めない限り、永遠に天職に巡り合うことはないでしょう。

働きがいは、自分が社会に役立ち、社会から存在を認められたときに最も大きくなります。しかし、どれだけ社会に貢献しているかを客観的に知る機会は多くありません。主体的に仕事をし、自分との約束をクリアしていくことでも、働きがいを得ることができます。

上司から仕事を命じられたとき、自分で期限を設けてみるのも方法の一つです。例えば、上司が1週間後と納期を設定したら、自分で3日後に提出すると決めます。自分で段取りを決め、スケジュールを配分する。これだけでも主体的な姿勢で仕事に臨めるはずです。

「一日なさざれば、一日食らわず」。これが労働に対する禅の捉え方です。なすべきことを行わなければ、食事をしてはいけない。唐の時代に活躍した百丈懐海(ひゃくじょうえかい)という禅僧が、労働も坐禅と同じく修行の一つだと位置づけました。

何かの結果を求めて働くのではなく、日々の仕事をひとつひとつこなすことによって未来は開けるのです。ときにはいい加減な日があってもいい。完璧でなくても努力を継続するほうが、最終的には大きな目標に到達できるはずです。

曹洞宗徳雄山建功寺住職 枡野俊明
1953年、神奈川県生まれ。庭園デザイナーとしても活躍。代表作に水戸・祇園寺庭園、東京・カナダ大使館など。多摩美術大学教授、ブリティッシュ・コロンビア大学特別教授も務める。『禅と禅芸術としての庭』『禅シンプル発想術』など著書多数。