意中の女性へプロポーズしたら、彼女の黒目が右へ動いた。さて、彼女の本心は? 表情、しぐさは雄弁だ。その意味をマスターすれば、相手の深層心理が手に取るようにわかるのだ。

入国審査官の機密手法をビジネスに応用

入国管理局には特別審理官といって、空港などで日本への入国の可否を審理する専門官がいる。私は彼らに人の表情やしぐさを解読する技術を教えているのだが、オウム真理教の逃亡犯・高橋克也の逮捕劇は、人間観察のプロとして非常に興味深いものであった。

逃亡の途上、信用金庫のカウンターで預金を引き出す様子が公開されたが、このとき高橋容疑者は極めて特徴のあるしぐさをしていた。握りしめた両方の拳を、カウンターに伏せていたのである。

高橋容疑者は時間がかかることに激昂していたそうだが、興奮状態にある人間は拳を垂直にしてカウンターを叩いたりするのが普通であり、あの拳の乗せ方は明らかに不自然であった。「あれは指紋を隠そうとしていたのだ」と見なす人がいるかもしれないが、指紋を隠すためなら、握りしめた拳を垂直に乗せてもかまわないはずである。

人間は強い恐怖感に襲われると、逃走の準備のため、体中の血液を両足に集中させる。その結果、体の末端の血流が少なくなって震えがくる。真っ先に震えるのが指先なのだ。つまり高橋容疑者は、恐怖による指先の震えを必死に隠そうとして拳を伏せていたのである。

また、高橋容疑者が働いていた職場の同僚は、彼には「頭の後ろに手をやる癖」があったと証言しており、防犯カメラもそのしぐさを捉えていた。これは「転移動作」のひとつであり、「もどかしい状態」にあることを示している。高橋容疑者の17年におよぶ逃亡生活がもどかしさに満ちていたことを象徴するものだろう。

数多くの目撃情報が寄せられたにもかかわらず、警察は高橋容疑者の逮捕にてこずった。手配写真や青いバッグを購入したという情報が先入観となって、「生身の人間を見る目」を曇らせたのだろう。

人の表情やしぐさからその人の本心や置かれた状況を見抜く能力を、SIQ(Social Intelligence Quotient=社会的知能)と呼ぶ。SIQの高さはセールスや交渉の場面でも有効に作用する。事例を示しながら、表情としぐさの解読法を解説していくことにしよう。