AIによる判断根拠を透明化していく

AIを実装するにあたっては、ブラックボックス問題への対応も必要になります。AIはアルゴリズムを用いて何らかの結果を提示するわけです。それがどういう基準に基づいて判断されているのかについては、多くの場合、企業の側がデータを持っているので、根拠がわからなくなってしまっているのです。それをどのように信頼しながら使っていくのか。

宮田裕章(Hiroaki Miyata) データサイエンティスト、慶應義塾大学医学部教授。1978年生まれ。データサイエンスなどの科学を駆使して社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に、研究活動を行っている。

たとえば大きな懸念のひとつは、日本の医師たちが遠からぬ将来、皆、生成AIを基に診断をしてしまった場合です。診断のデータは医師たちのネットワークではなく、外国の企業に蓄積されるわけです。もし、ある企業がデータベースに蓄積したデータの公開を止めた場合、日本の医療は成立しなくなってしまう可能性がある。

生命に直結するアルゴリズムに関しては、日本側がデータをしっかり持って独自に積み上げられるようにするということが、やはり必要でしょう。独自のデータを持ち、プラットフォーマーにすべてコントロールされないようなセキュリティを確保していくことが、ブラックボックス問題に対するひとつの対策です。

もうひとつの対策として、判断の根拠になっているものを生成AIに示させるようなアルゴリズムをつくるということも挙げられます。それぞれの判断について、根拠を示しながら提案をしてくださいということ。根拠について透明化することも大事です。

未病対策にこそAIが力を発揮し超高齢化社会の日本を支えてくれる

現状、画像診断など医師のサポートに使われているAIですが、未病対策にも有効だと思います。医療に関係する者として自戒を込めて言えば、今までの医療は多くの場合、病気になって、そしてそれがある程度進行して病院に来たところから始まるんですよね。もちろん、古くはそれが社会にとって一番良かった。あるいはそれしかできなかったわけです。

でも世界で最初に超高齢化社会に突入する国である日本では、病気になってからの治療モデルだけだと財政的にも厳しいわけですよね。

一人一人がその人らしい生き方をして、自然に健康が保たれる。あるいは病気になっても、障害があるとしても、それが人生の妨げにならない。年齢を重ねてもその人らしい暮らしができる時間が長い。そういう社会をつくることがすごく重要です。

たとえば認知症で言いますと、中等度以上になってから治す薬というのは、少なくとも今後15年は世に出ません。ですから認知症になる前の段階で改善をはかることが望まれます。多くの場合、その前の段階でフレイル(加齢による虚弱)に注意する必要があります。もちろんいろいろなプロセスがありますけど、身体が弱ってきて外出をしなくなって閉じこもり、その結果認知症が進行するという経過を辿ることもあります。フレイルが進行する前で改善できれば、未来を変えることもできるかもしれない。

フレイルの重要な予測因子として、歩行速度が挙げられます。まだ精度の問題はありますが、今はスマートフォンで、歩行速度が表示できるようになっています。これを使うことで認知症の手前の段階から、改善のアプローチをしていくことができるでしょう。

健康診断でわかることでもありますが、通常検診は1年に1回。1年の間にどんどん悪化しているかもしれない。ライフログ(人間の生活の様子をデジタルデータで記録)を活用すれば、歩行速度が落ちていった、運動できなくなっていった、睡眠の質が良くないということなどがわかり、病気になる前や症状が悪化する前のタイミングで改善のために介入していくことができます。