生後すぐの幼児は「鏡の中の自分」を理解できない
――人間はいつ頃から、自分の顔と他人の顔を見分けられるようになるのでしょうか。
生後直後から、人間は顔というものを意識してはいます。ではいつ頃から、自分と他人、AさんとBさんを見分けることができるようになるのか。『進化論』で知られるチャールズ・ダーウィンは、論文の中で次のように語っています。
「息子が生後4カ月半のとき、鏡に映る私や自分の姿を見て繰り返し微笑み、間違いなく実物だと思いこんでいた」(Darwin,C.R.A biographical sketch of an infant.Mind,2,285-294(1877)※筆者訳)
“実物だと思い込む”とは、鏡の中に自分ではない誰かが実際にいると思っていたということです。ダーウィンは続けます。
「それから2カ月も経たないうちに、鏡の中の姿が実像ではないことを完全に理解するようになった」(前掲論文より)
つまり、そこに映っているのが実物ではなく、現実を映し取った鏡像である、ということを理解したという意味です。生後すぐの赤ちゃんは、鏡の中に見えているものが本当にそこにあると思ってしまう。でも徐々に、鏡の中に見える像は、自分や親の外見を反射した象徴だと理解するのです。
鏡を見ることで恥の感情が強化されていく
一方で、人間以外の多くの動物は鏡に映る自分の姿を見ても、それが自分の姿を映し出しているだけの象徴的な像だと理解することはありません。人間の場合は、鏡のなかにある像が、自分を映し出したものだと理解するのと同じくらいの時期に、自分は自分である、という自己認知の能力も発達してきます。
人間は鏡を見たら、これは自己を象徴している姿なのだという意識がすごく強くなります。子どもたちの様子を観察していると、鏡を見て恥ずかしそうな顔をすることがあります。これはつまり、ここに映っているのは自分自身の姿で、他人から自分はこんなふうに見えているのだ、という理解があるからです。
もしかしたら自分が思っている姿と違っていると感じるかもしれません。そこで「恥ずかしい」という感情が芽生える。これも自己認知が発達したからだと思われます。