加齢に伴う心身の変化にはどう対応すればいいか。高齢者専門の精神科医である和田秀樹さんは「老後に確実に訪れる3つの身体変化に備えることが、老化の速度を緩やかにするカギとなる」という――。

※本稿は、和田秀樹『定年後の超・働き方改革 「楽しい仕事」が長寿に導く!』(光文社)の一部を再編集したものです。

長野県が長寿県である理由とは…

日本国内で長寿県として名高い長野県ですが、その長生きに大きく貢献している要因が何かご存じでしょうか?

じつは「働くこと」がその一因となっているのです。

長野県には高齢者の就業率が他県と比較しても圧倒的に高い(65歳以上の就業率31.6% 2020年国勢調査より)という特徴があります。農業が盛んな地域であるため、年齢を重ねても自営で農業を続け、うまくいけば一生涯働き続けられるのです。

自分の裁量で管理できる小規模な田畑があり、それを維持しながら働くことで、収入を得るだけでなく、働く楽しさを感じ、さらにその収入で温泉旅行に出かけたり、美味しい食事を楽しんだり、お孫さんにお小遣いを渡したりと、心豊かな生活を送っています。これが心と体の健康維持にもつながっているのです。

優雅な中年日本人男性
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退職後、急に何もせずに家に閉じこもると、心身にさまざまな悪影響が出てしまいかねません。とくに男性の場合、「何をしたらいいのかわからない」と悩みがちです。急に自由な時間が増えると、逆に戸惑って、無気力な日々に陥ってしまうことが少なくないのです。

定年制度自体が“年齢差別”といえる

また目標もなく無気力に毎日を過ごしていると、あらゆることに対して徐々に意欲がかなくなり、最終的には動くことすらも億劫になってしまいます。こうした無気力な生活が続くと、認知機能と運動機能の両方が急激に衰えるため、健康的な老後を送ることから遠ざかってしまいます。

慶應義塾大学の研究によると、定年退職後もなんらかの形で働き続けている人は、脳卒中や心筋梗塞などの深刻な病気にかかるリスクが低く、健康を維持している人が多いことがわかっています。さらに、働き続けることで体の機能が維持され、結果として寿命が長くなる傾向も見られています。

そもそも、ある一定の年齢に達すると仕事を辞めなければならないという制度自体が、“年齢差別”といえるでしょう。

最近では、一部の企業で定年を撤廃し、働く意欲のある70代でも現役を続けられるような制度が広まりつつありますが、全体としてはまだまだ少数派に過ぎません。

肩書がなくなったときどう生きるか

それは雇われている医師とて同じことです。

私の大学の同窓生のなかには、医学部教授や大病院の病院長になった友人たちがいます。彼らも定年が迫ってきて、「この先どうしようか……」とよくぼやいています。開業すれば自分で自分の定年を決められますが、勤務医だとそうはいかないのです。

そんな姿を見るにつれ、肩書がなくなったとき、どう生きるかを早いうちから考えておくのが賢明だと感じさせられます。

定年を迎えて会社を追われてからあわてて考えるのではなく、第二の人生に向けた準備を始め、次に何をするのかを自分なりに計画しておくことが重要です。

高齢者らしい方法で長く続けられる仕事を見つけ、楽しみながら働くこと。そんな「定年後の働き方改革」は、今後ますます重要になっていくことでしょう。

老後に確実に訪れる3つの身体変化

どんなに元気で健康な人でも、加齢にともなう体や心の変化は避けられません。気持ちのあり方や意志の強さだけではどうにもならない身体的な変化が確実に訪れます。

とくに注意すべき「三大伏兵」として知られているのが、「①前頭葉の萎縮」「②ホルモンバランスの変化」「③セロトニンの減少」です。これらを理解して対策を立てることが、老化のスピードを緩やかにするカギとなります。

1 前頭葉の萎縮と意欲の低下

まず、脳の老化の一環として前頭葉の萎縮が挙げられます。

脳のなかでもっとも早く老化が進むのは、記憶を司る海馬ではなく、意欲や創造性をコントロールする前頭葉です。この前頭葉の萎縮が見られるようになるのは40代頃からで、ここから脳のほかの部分の老化が加速していきます。

人間の脳
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前頭葉が萎縮すると、物事に対する意欲が低下し、日々の生活に活力を見出しにくくなります。何をしても楽しめない、気力が湧かないと感じるのは、前頭葉の老化が原因であるケースが多いのです。

この意欲低下に対処するには、脳を常に活性化させ、前頭葉の機能を維持することです。

新しいスキルの習得、知的な活動、社会的なつながりを持つことなどが、前頭葉の萎縮を遅らせる助けとなります。つまり「働くこと」はうってつけといえます。

「思秋期」に起こりやすい体の変調

2 ホルモンバランスの変化とその影響

ホルモンバランスの変化は、とくに中高年以降に顕著になります。

中高年から老人へと移り変わっていくこの期間を私は“思秋期”と呼んでいます。この時期に差しかかると、ホルモンの分泌量が徐々に減少し、体の調子が変わり始めます。

このホルモンバランスの変化は、たんに体の衰えをもたらすだけでなく、精神面にも大きな影響を与えます。とくに男性の場合、男性ホルモンであるテストステロンの減少が、体力や意欲の低下、さらには感情の不安定さを引き起こす原因となります。

もし「最近ゴルフの飛距離が出なくなった」「記憶力が低下している」などと感じたら、それは男性ホルモンの不足が関係しているかもしれません。その場合、泌尿器科で男性ホルモン補充療法を受けることが有効です。

定期的なホルモン補充は、体力の回復と意欲の向上につながります。

テストステロン
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3 セロトニンの減少とうつのリスク

セロトニンは“幸せホルモン”とも呼ばれ、気分を安定させる役割を担っています。加齢とともにこのセロトニンの分泌量が減少し、うつ病を発症しやすくなります。

うつ病にかかると、前頭葉の機能がいっそう低下し、意欲の低下に拍車がかかります。この負の連鎖を防ぐには、適度な運動やリラクゼーション、良質な睡眠が欠かせません。

また、気分が落ち込んだり不安感が強まったりした場合は、心療内科を早めに受診するようお勧めします。

「いつもと同じ」は逆に危険

この三大伏兵のなかでも、とくに気をつけていただきたいのは「前頭葉の老化」です。

前頭葉の衰えが進むと、私たちの日常生活に大きな影響を及ぼし、意欲や創造性が失われ、さらにはうつ病のリスクも高まります。

脳卒中の症状を持つ男性
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より詳しく見ていきましょう。

前頭葉は脳のなかでもとくに「変化」に対応する部分です。意外な出来事や想定外の状況に直面したとき、瞬時に判断し、柔軟に対応する力を持つのがこの前頭葉の役割です。

ふだんと違うことをしなければならない場面で働くのが前頭葉であり、その働きによって新しい発想や解決策が生まれます。しかし、前頭葉が老化し始めると、逆に「ふだんと同じこと」を好むようになり、変化を避けようとする傾向が強まります。

たとえば、行きつけの店ばかりを利用したり、「同じ著者の本しか読まない」といった行動が増えていくのも、前頭葉の老化が原因のひとつです。

前頭葉の老化を防ぐ日常習慣

では、前頭葉の老化を防ぐためにはどうすればよいのでしょうか。

和田秀樹『定年後の超・働き方改革 「楽しい仕事」が長寿に導く!』(光文社)
和田秀樹『定年後の超・働き方改革 「楽しい仕事」が長寿に導く!』(光文社)

その答えは「新しいことに挑戦し続ける」ことです。

新しいことに取り組むことで、前頭葉は刺激を受け、機能を維持しやすくなります。たとえば、新しい趣味を始める、新しい仕事に挑戦する、旅行に出かけて新しい場所を訪れるなど、日常的に新しいことを取り入れてみてください。

本書が働くことを強くお勧めするのも、この「新しいことへの挑戦」を日常的に持続しやすくするためです。仕事を続けることで、新しい問題や課題に日々直面します。知らない方との関わりも増えるでしょう。社会のなかでも、真っ先に変化が訪れるビジネスの現場に身を置くことで、それに対応するために前頭葉を使う機会もおのずと増えていくのです。