※本稿は、大崎博子・大崎夕湖著『幸せな最期を迎えた91歳ひとり暮らしの食卓』(宝島社)の一部を再編集したものです。
最後の言葉は「おやすみなさい」
1932(昭和7)年、茨城県生まれ。
散歩、太極拳、麻雀、Netflixでの映画やドラマ鑑賞、そして、日々の晩酌を楽しみに暮らす大崎博子さん。2DKの都営住宅団地に住む、ごくふつうのおばあちゃんの生活は、2010年、78歳のときにパソコンと出会い、東日本大震災直後にTwitter(現・X)を始めたことで、大きく変わりました。
後期高齢者という呼び方はどこかネガティブだからと、自ら「高貴香麗者」という造語を作り、心と体の健康を意識しながら、おしゃれを忘れず、今この瞬間を前向きに生きることをモットーにしていた博子さん。
「おいしいお酒を飲むために、今日は何を作ろうかしら」
料理を考える時間、作る時間、そして、お酒と一緒に好きなものを食べる時間を楽しんでいた博子さん。
そんな博子さんが、2024年7月23日、自宅のベッドでひっそりと息を引き取りました。
亡くなる前日も変わらず、Xに晩酌の様子を投稿し、フォロワーさんに向けた「おやすみなさい」の挨拶が最期の言葉となりました。
まさに「ピンピンコロリ」の旅立ちです。
【6/6~7/22】晩酌の写真を毎日投稿
以下2つは、娘さんの言葉です。
「Xに投稿するようになってから、より食事の彩りを考えるようになったと話してくれました。17年前に胃がんになってから、食生活にすごく気をつけていた母は、食事の彩りをよくすることで栄養バランスもよくなると考え、体にいい食材を積極的に取り入れていました。投稿用に写真を撮る時に、「このお皿のほうがいい」「赤が足りないからトマトを足そう」「緑は左側に入れたほうがきれい」と、考えるのが楽しいと言っていました」
「ひとりで食べるだけじゃなくって、Xという場を通じて共有することは、右脳を使う芸術的センスが養われるような気がします。脳にも健康にもいいことだと思っていました」
日課のLINE電話で娘さんと「じゃあまたね、おやすみ」と会話したのが最後で、それはいつもと何も変わらなかったそうだ。
80、90代を驚くほど元気にした…4つの「自炊」ルール
「健康でいられることが幸せ」とよく話していた博子さん。一日8000歩を目標に歩く、毎朝太極拳をするなど、できることをコツコツ積み重ねていた博子さんの、食にまつわる心がけと工夫を紹介します。
①一日、1品は必ず作る…けど無理はしない!
「料理は手早くパパッと作ります。もたもたしているのが好きじゃないんです。性格ですね。疲れた日は、お惣菜を買う日もありますが、1品は必ず作るようにしています」(以下、博子さん)
「料理はできるだけ自分で作るようにしていますが、既製品もためらわずに買います。家では炒め物は作るけど、揚げ物はしません。毎日楽しく太極拳や散歩を続けるためにも、無理をせず、健康にいい食生活を心がけています」
②毎日の創意工夫で「認知症予防」を
「なるべく季節ごとの旬を意識して、大好きなお酒と一緒に、いろんな色の食材を食べるようにしています。台所で料理と器の組み合わせを考えながら、楽しい晩酌のつまみを用意しています。今ある材料をどうやっておいしく料理するかを考えるのも、立派な認知症予防ですよね」
③晩酌はゆったり、ゆっくりと
「いちばんの健康の秘訣はゆったり過ごす晩酌かも、と思っています。70代のとき胃がんになったけれど、『お酒を飲める体に戻りたい』と思って治ったようなもの。それからは毎晩、晩酌のつまみとともに、お酒がおいしく感じられることが、健康のバロメーターです。だって具合が悪かったら、おいしいなんて感じられないでしょう。休肝日は設けていない代わり、適量は守っています。350mlの缶ビール1本飲んだ後は、ワインか焼酎を1~2杯で終わり。昔は、いつまでも酔っ払うまで飲み続けることもあったけど、今はもうしません。お気に入りの和風のビアグラスでゆったりと楽しむ晩酌に変わりました」
④塩分は「甘酢」で調整
「食事で健康を意識し、至福の晩酌を楽しむことがモットーですが、血圧が高い私が気をつけなければならないのが塩分です。料理を作るときには、塩分が多くならないように、味が濃くならないように気をつけています。そこで重宝しているのが、手作りの甘酢。酢飯が食べたいときも甘酢は使えます」
ただ楽しむだけじゃなくて「勝ちたい」
本記事は11月22日に発売したばかりの博子さんの新刊でありレシピ本『幸せな最期を迎えた91歳 ひとり暮らしの食卓』(宝島社)内のインタビューの一部を引用、編集したものですが、博子さんはその本ができる前に旅立たれました。以下は博子さんから引き継ぐ形で本を完成させたという娘さん、夕湖さんの言葉です。
ある夜のLINE電話で、母から新しい本の企画があることを聞きました。Xに毎日の食事を投稿するようになってから、その反響も喜んでいた母だったので、私は素直に喜ばしく思い、「いいんじゃない、やってみたら?」と答えたんです。
まさか、その本ができる前に旅立ってしまうとは思いもしませんでした。
ロンドンから帰国して、母の家に到着したとき、ふと壁にかかっていたカレンダーに目をやると、そこには先々の予定がいくつも書き込まれていました。健康麻雀の日、友人との食事、通院の予定。そして、本や雑誌の取材。日々を楽しんでいた母の暮らしを想像し、切ない気持ちがあふれました。
そして今回、私自身が母から引き継ぐような形で、本づくりをしてみて、90歳で取材を受けて、原稿をチェックして……というのが、どれほど大変だったかということを実感しました。
麻雀でもただ楽しむだけじゃなくて「勝ちたい」という思いがあったように、「やるからには多くの人に届けたい」という熱意が母を動かしていたのかもしれません。
「博子さんから元気をもらっています」
「大崎さんをお手本に頑張ります」
そんな声をいただいて、母は本当に喜んでいました。
この本も、今の生活に悩んでいたり、老後の不安を抱えていたりする人にとって、何か少しでも役に立てたら、という気持ちで考えていたはずです。
そんな母の想いを形にできたとしたら、こんなにうれしいことはありません。みなさんの食卓が、いつもより楽しく、豊かなものになりますように。
空から見守ってくれている母、いつも支えてくれる家族、母とつながってくださったすべての人に、心からの感謝を込めて。
大崎夕湖