寝つきを良くするにはどうしたらいいのか。漢方家の櫻井大典さんは「健康のために良かれと思ってしている習慣が、体のバランスを悪化させ睡眠に悪影響を及ぼしていることがある」という――。

※本稿は、櫻井大典『こころゆるませ漢方養生』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

CASE1
「なるべく早めにベッドに入るようにしているのですが、なかなか眠りにつけず寝不足の日々が続いています」

22時ぐらいにベッドに入っていても、翌日の仕事の予定を考えたり、ふと今週中に終わらせなければいけない用事が浮かんだりと、いろいろなことが頭を巡ってなかなか寝つけません。
気がつけば24時を回ってしまう日も多く、寝不足の日々が続いています。そのせいで日中は眠たくなるのですが、いざ夜、寝ようとすると、眠気が起きないのです。
どうしたらスムーズに眠ることができますか?

活動・興奮とリラックスのバランスが崩れています

いん」と「よう」のバランスが崩れている可能性があります。まずは、「陰」と「陽」について、簡単にご紹介しましょう。

中医学の基本概念に「陰陽論」があります。中国人が築き上げた宇宙観のことで、もともと宇宙は、混沌とした、あらゆるものが混じり合った球体でした。その状態から「天」と「地」に分かれていった、これが「陰」と「陽」の始まりです。要するに、この世のすべてのものは「陰」か「陽」に分類されると考えるのが「陰陽論」です。

「陰」と「陽」に優劣はなく、どちらも必要なもの。人体に当てはめると、活動すること、興奮すること、これは「陽」に属します。「陰」はリラックスすること、睡眠などです。

芝生の上に横たわっている若いアジア人
写真=iStock.com/itakayuki
※写真はイメージです

人間の活動というのは、「陽」に支配された行動です。でも、「陰」があることで逆に止まれます。休養することができる。夜にしっかり休むからこそ日中はよく働くことができるし、日中によく動くからこそ、夜間はしっかりと眠れるわけです。両者がバランスよく存在するからこそ、互いの行為を助け合うことができるし、制御もし合えます。けれどこの均衡が崩れると、相手を制御できません。

眠るという行為は、「陰」が優勢の状態です。でも、今の状況は、「陽」の力を「陰」が制御しきれていない。体内では、「陰」よりも「陽」の方が活発化していて脳が興奮状態にあり、うまく眠りに入れない、ということが起こっているのです。

カーテンを閉めたとき、しっかり閉め切れず、外の光が漏れている状態を想像してみてください。「眠りたいのに眩しいなぁ」という、あの感じ。今の状況はまさにこの状態です。「陰」の力ですっぽりと「陽」を覆う必要があるときに被せきれず、隙間から「陽」という光が漏れてしまっているイメージです。

「脳が興奮状態」の理由を探る

この状態になっている理由としては、二つ考えられます。一つは、「陽」の力が強いという状態。もう一つは、「陰」の力が弱くなっているため、相対的に「陽」の力が勝っている、という状態。

前者の場合は、「陽」の力を取り去る必要がありますし、後者は「陰」のパワー不足が原因ですから、「陰」の力を補ってあげる必要があります。

では、ご自身がいったいどちらの理由で眠れないのか、探る方法をいくつかご紹介しましょう。自分の状態をよく見て、どちらに該当箇所が多いでしょうか。

「陽」が強い場合に見られる症状
● 日常でイライラすることが多い、ストレスが多いと感じている
● 舌全体が赤くなっている。さらに黄色っぽい苔が厚くついていることがある
● のぼせやすい、顔が赤い
● 脂っこい食事が多い、辛いものが好き。甘いものをいっぱい食べている
● 毎日お酒を飲んでいる


「陰」が弱い場合に見られる症状
● 喉がやたらと渇き、水や冷たいものを欲する
● 舌が赤く、小さく縮んでいる。乾燥してひび割れている。苔はない
● 手足が熱く、ほてりやすい、のぼせやすい
● 便秘気味で便はコロコロとしている。体型は痩せ型
● 辛いものが好き。水を一日2〜3リットル飲んでいる
● 運動やホットヨガ、岩盤浴、長湯など、汗をかくことをよくしている
● 寝汗をかく

体内の状態を知るためには「舌」を見る

脂っこい食事や甘いもの辛いものの摂りすぎ、飲酒量が多いと、体内に「実熱じつねつ(「熱」が過剰に生まれている状態)」がこもりやすく、舌が赤くなることが見られます。中には黄色い苔が舌にべっとりとついているケースも。舌苔ぜったいは、体内の水分バランスを表す指標で、白っぽいものが薄く全体を覆っていて、舌の色が透けて見えるぐらいが正常です。けれど、前述したような食生活を送っていると、摂取したものすべてを体が処理できず、不要な水分が体内に溜まってやがてドロドロと粘り気を帯びてきます。これを中医学では、「痰湿たんしつ」と呼びます。

健康な清潔な舌との罹患した舌の比較
写真=iStock.com/Marina Demeshko
※写真はイメージです

「痰湿」は見える場合と見えない場合があり、例えば鼻水や痰は見える「痰湿」ですが、血中に溶けている、体に染み込んでいる等の場合は、見て判断できません。その中で厚い舌苔というのは、まさに見える「痰質」。体に「実熱」が溜まっていると舌苔は黄色くなります。

また、中医学では、イライラとした感情は、「実熱」を生み出すと考えます。詳しく話を聞いてみると、例えば、仕事上で大きなストレスを抱えてイライラとすることが多かったり、そのイライラを解消するために毎晩ビールを2缶以上飲んでいたりする。こういう場合は、「陽」が強いと判断できます。

体の潤いが不足すると「熱」が生まれる

一方、「陰」が弱い場合(これを「陰虚いんきょ」と言います)、体内は潤い不足で、「熱」を制御できない状態です。これを「虚熱きょねつ」と言います。そのため、舌が赤いのは前者と同じですが、さらに乾燥していたり、ひび割れていたりします。乾燥しているので、水分指標の目安でもある舌苔もほとんどない。いわば、「熱」を冷ますための冷却水が足りていない状態です。

詳しく話を聞いてみると、退社後にサウナに毎日通っていたり、お風呂に長時間入っていっぱい汗を流していたり、睡眠時間が足りていなかったりする。ほかにも、辛いものやスパイスを多く含む食事が多かったり、潤い成分である「陰」になる食べものが足りていなかったり、冷たいものや水分を必要以上に飲んでいたりも。

これらの生活習慣や食生活が「脾」の消化・吸収機能を低下させ、「陰」をつくる力の弱体化につながったことで、必要な潤いが足りなくなってしまったと考えられます。潤いが足りなければ「熱」は鎮静できないので、眠れなくなります。

また、「陰虚」は便秘にもなりやすいです。高齢になると水分を保持する能力が低下するので、高齢で眠れない方には「陰虚」であることがよく見られます。

木製サウナ
写真=iStock.com/Alice Fox
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体の「熱」を鎮静させる食べ物を摂る

「陽」が強いという状態は、体に「実熱」が溜まっているということですから、まず、前述した「実熱」の溜まりやすい食事を続けている場合は、それをやめるのが手っ取り早い方法です。

一度に全部を断つことが難しいなら、少しずつ量を減らしましょう。「熱」を冷ます食材、「清熱せいねつ食材」で言うと、きゅうりや冬瓜、トマトなどが該当しますので、それらを摂取することも、体をクールダウンさせるにはおすすめです。また、ゴーヤやごぼう、緑茶など、五味の「苦」に属す食べものは、体内にこもった「熱」を鎮静させる効果があります。

食生活には心当たりがない場合、「熱」の原因は別にあります。怒りっぽいところはないか、ストレスフルな日々を送っていないか、自分の生活を点検してみてください。

また、夜でも蛍光灯を煌々とつけていたり、スマホに見入っていたりすると、光の影響で体は昼間だと勘違いし、「陽」に傾きます。オレンジ色の間接照明などを取り入れて、夕日が落ちていく風景をイメージしながら、夕方以降は意識的に部屋をだんだんと暗くしていきましょう。

夕飯をとるときは、レストランのようなちょっと暗い中で食べるのもおすすめです。

「潤い不足」のときの、中医学的養生法

「陰虚」は潤い不足ですから、発汗を促す辛いものは避けましょう。

逆に摂取したいのは、五味の「酸」に属すもの。酸っぱいものを想像すると唾液が出るように、酸味は体の中に潤いを生むと考えられています。

不足している「陰」を補う食材、「補陰ほいん食材」の摂取は、水よりも体液に変わりやすいため、効果的。れんこんや長いも、白ごま、豆腐、牛乳、ヨーグルトなど、全般的に白っぽいものが該当することが多いです。加えて、滋養強壮効果が高い、「甘」に属す食べ物も、同時に摂るとよいでしょう。

櫻井大典『こころゆるませ漢方養生』(扶桑社)
櫻井大典『こころゆるませ漢方養生』(扶桑社)

生活習慣では、過度な発汗を促すホットヨガや長風呂等を控えましょう。

また、不眠という現状が、実は「陰虚」を加速させていることも頭に入れておいてください。

陰に属する体液と血は、人間に必要で、活動するたびに消費するものですが、睡眠中は活動量がほとんどないため、水分の消費量は減って補給量が勝るのが正常です。けれど、不眠の場合、大事な補給時間に体が活動している。

通常、日中消耗した体液や血を夜間に補給するのに、眠れないために夜間も体内の潤いを消費し続け、ますます体は「陰虚」に傾いていくというわけです。