なぜ野菜は体にいいのか。国際医療福祉大学病院予防医学センター教授の一石英一郎さんは「活性酸素とは、私たちの体を錆びつかせ、老化させる物質で、その働きを抑える作用が『抗酸化』だ。抗酸化作用を持つ成分は、さまざまな野菜に多量に含まれている」という――。

※本稿は、一石英一郎『予防医学の名医が教える すごい野菜の話』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

なぜ野菜を食べるべきなのか

「野菜を食べた方が健康になれる」

そんな言葉は、皆さん誰しもどこかしらで耳にしていらっしゃると思います。野菜の持つ成分についても、「トマトのリコピンがいい」だの、「ナスに含まれるアントシアニンには抗酸化作用がある」だの、野菜を食べることの効用をめぐる言説が巷には飛び交っています。

でも、それが具体的にはどう体にいいのか、なぜ野菜を食べるべきなのか、そこまでわかっている人は、意外と少ないのではないでしょうか。

「抗酸化作用」ひとつ取っても、それが体に及ぼす効果を正確に理解している人は、それほど多くないのではないかと思います。そして、そこがわかっていないために、野菜を食べることがいかに大事なのかを今ひとつ実感できていない、そんな人も少なくないのではないでしょうか。

実感すれば、野菜を見る目が根本的に変わります。

新鮮なトマトとナス
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常に健康だった母と私

私の本業は医師です。医師といえば、「医者の不養生」という言葉があるように、激職で食生活も乱れがち、体のどこかを悪くしているというイメージがあるかもしれませんが、私は目下のところ、ありがたいことになんの病気にもかかっておりません。

なぜなのかと考えたときに、真っ先に思い浮かぶのは、生まれ育った神戸の家での食生活です。

私の母親は、「野菜もちゃんと食べなきゃダメ」というのが口癖で、私は幼い頃からそれを繰り返し頭に叩き込まれていました。言われるままに野菜をきちんと摂るようになったのですが、家族全員が母の言いつけを守ったわけではありませんでした。そしてそれこそが、家族の健康に関して明暗を分けたのです。

野菜を嫌って偏食を続けていた家族は、しょっちゅう風邪をひいたり体調を崩したりしていた一方、野菜を好んでたくさん食べていた母や私は常に健康でした。

野菜を食べるか食べないかで、それほどまでに如実な違いが現れるのです。

それを間近に、つぶさに見ていた私は、野菜を食べることこそが健康の秘訣なのだと自然に了解するようになりました。

健康のカギを握るのは「活性酸素」

ただ私は、理屈がわからないと納得できないタイプです。だから幼い頃から、「野菜を食べるとどうして健康な状態を維持できるのか」という疑問を抱きつづけてもいました。

そしてもうひとつ、大きなきっかけがあり、私は野菜を食べることの重要性に目を開かされたのです。

京都府立医科大学の大学院生だった頃、私は恩師の吉川敏一先生の研究室で、活性酸素の研究に従事していました。

活性酸素とは、簡単にいえば、私たちの体を錆びつかせ、老化させる物質です。その働きを抑える作用こそが「抗酸化」なのです。そして抗酸化作用を持つ成分は、さまざまな野菜に多量に含まれています。

「抗酸化成分が体にいい」ということは、今でこそ常識のように口の端に上っていますが、30年ほど遡る当時、そうした学説は一般の方々にはまったく知られておらず、研究者の間でさえ、「医者がなぜ、活性酸素のような目に見えないものを対象とした研究をするのか」と冷笑されていたのです。

今では、「植物の成分のうちでも、特に健康増進に寄与するものは、活性酸素を抑える抗酸化成分である」ということが広く知られています。

野菜を食べることがなぜ体にいいのか、その理由のひとつが、この研究であきらかになったわけです。

医師
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世界中の長寿の人が多い地域の共通点

そうしたいくつかの経験を通じて、私はどんどん野菜に魅了されていきました。そして、野菜の成分が人体に望ましい影響を及ぼす詳しいメカニズムが知りたくて、あれこれと深掘りして調べていくにつれて、次々に興味深い事実に行き当たっていきました。

たとえば、ネアンデルタール人はほぼ肉食だったという事実をご存知でしょうか。私たちホモ・サピエンスに劣らないほどの知能を持ちながら、彼らは私たちとの生存競争に敗れ、絶滅してしまいました。その背景にも、野菜が関わっているという説があります。

「ブルー・ゾーン」という言葉は、聞いたことがあるでしょうか。イタリアのサルデーニャ島、コスタリカのニコヤ半島など、100歳を超えるような長寿の人が特に多いことで知られる地域のことで、最近、注目を集めています。沖縄もそのひとつに数えられています。こうした地域の人々は、なぜそれほどまでに長寿なのでしょうか。

ここでも、キーとなるのは野菜です。

植物と動物の違い

野菜にはものすごいパワーがあります。その源泉は、植物の生存戦略にあります。植物は動物と違って、逃げも隠れもできません。有害な紫外線や、土中の病原菌、害獣や害虫から、自分の力で身を守らなければならない。そのために植物は、紫外線による酸化の防止、殺菌や解毒、害虫の駆除などに役立つさまざまな成分を、自ら生み出しています。

私たちは野菜を食べることによって、そうした有益な成分を体内に摂り入れているのです。

また、そうした成分の中には、薬に転用できるものもたくさんあります。私たちが現在、使用している薬剤の七割以上は、植物由来であるか、もしくは植物にヒントを得ているものと言われています。

そうした事実に触れれば触れるほど、そしてその背後にある、生物としての野菜の持つ実に精妙なメカニズムについて知れば知るほど、「人は野菜を食べるべきなのだ」ということが心の底から納得できるようになります。

皆さんには、野菜をめぐるその謎解きにぜひおつきあいいただきたいのです。

カラフルな新鮮な有機野菜
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「元気が出ない」人は黄信号

野菜を食べることは、とても重要です。

最近、内科医として勤める中で気にかかっていることがあります。

「なぜか疲れやすい」「元気が出ない」と訴えていながら、原因がはっきりしない患者さんが多いのです。こうした人々の中には、実は壊血病や脚気の予備軍が含まれているのではないかと私は疑っています。

壊血病はビタミンCの、脚気はビタミンB1の欠乏が原因で発症する病気です。どちらも放置すれば死に至ることもある恐ろしい病ですが、発症する原因もはっきりわかっており、新鮮な野菜や果物も豊富に手に入るようになった現代では、ほぼ根絶されたと考えられていました。しかし壊血病の発症事例は今もって、しかも先進国でも報告されています。そして「元気が出ない」といった状態は、それらの病気の初期症状である可能性もあるのです。

野菜と向き合う絶好のチャンス

背景のひとつとして考えられるのは、先が見えずに長引くコロナ禍です。

ひと頃の厳戒態勢はようやく緩んできたものの、巣ごもり生活を余儀なくされたり、外食を控えたりする中で、自宅で酒浸りになったり、野菜をあまり食べずにインスタント食品などに偏る食生活を続けたりした人も多いでしょう。そんな人は要注意です。

気づかぬうちに壊血病や脚気になりかかっている恐れがあります。

でも、コロナ禍は逆に好機でもあったのかもしれません。

一石英一郎『予防医学の名医が教える すごい野菜の話』(飛鳥新社)
一石英一郎『予防医学の名医が教える すごい野菜の話』(飛鳥新社)

家にいることを強いられるようなときこそ、野菜と向き合う絶好のチャンスなのです。

外食では野菜は摂りづらいのが現実ですが、「家メシ」なら、食材に何を使うかも、そのバランスも思いのままです。ぜひこの機会に、野菜を深く知り、それをおいしく食べる術を身につけましょう。それによって、思わぬ病気から逃れることもできるのです。

もちろん、積極的に野菜を食べれば免疫力も高まり、新型コロナウィルスにも感染しにくくなります。その意味でも、野菜と向き合うべきなのは今です。

これまで野菜が苦手だったという方も、野菜の重要性がよくわかり、野菜が大好きになっているはずです。