もともとスマホに育児はできない
「スマホ育児」には子どもへのネガティブな影響を指摘する情報が多い。「親子間の愛情が十分に形成されなくなる」や「子どもの学力が低下する」「子どもの情緒が乱れて問題行動が多くなる」などがその主だったところである。
そんな「スマホ育児」と保護者はどのように向き合うべきか。小児科医の森戸やすみさんに話を聞いた。
――スマホ育児の具体的なシーンとしては、たとえば家事をしている間、子どもにスマホを渡したり、移動の最中にスマホで動画を見せたりなどがあります。子どもに大人しくしていてもらえるので助かるのですが、一方でスマホ育児に対する疑念や批判も世の中にはあります。
【森戸】まず「スマホ育児」って、定義がないんですよね。「妊婦さんがスマホの画面を見ているとお腹が張って早産になる」「胎教上よくない」といったデマがあるんですけれども、それもスマホ育児と称する場合があるし、赤ちゃんにちょっとの間見せるのをスマホ育児という人もいるし、子どもが自分で操作するのをそう呼ぶ人もいるし。
何が「スマホ育児」かは人それぞれ・そのときどきで違うんですけど、ただ言えるのはスマホに育児はできないということ。日本小児科医会という団体でさえ、「スマホに子守をさせないで!」というリーフレットを作っていましたが(2017年)、ミルクをあげてくれるわけでもないし、おむつも替えてくれるわけでもない。ただ短時間子どもをちょっとおとなしくさせることしかできません。でもスマホを見せたからといってダメになってしまうわけじゃないですよね、子どもって。
「テレビを長時間見ると肥満になる」→読書でも同じ結果に
――言われてみればそうですね。スマホ育児をするにしても、スマホの力を借りることって、全体の中でもごくわずかです。
【森戸】スマホの何が問題なのかというと、視力に対してよくないというのはわかっているんですけど、他に何か悪いことあるのかなあと思っています。
「テレビがよくない」ということも昔からずっと言われてきていて、アメリカなど多くの研究でわかっているんですけど「毎日テレビを長時間見ていると肥満になりやすい。長ければ長いほどよくない」と。まあそれはそうだと思うんですよ。テレビを見ている間は体を動かしたりしない、運動の機会損失になりますから。
でもそれは本を長時間読んでいても同じなんですよ。
新しい技術が普及するたびに必ず出てくるアンチ説
【森戸】新しい技術が市場に出てくるたびに、その悪影響を指摘する説が登場します。テレビもウォークマンもファミコンもそうでした。けれども徐々にそれを更新する情報で上書きされていくことが多いのです。例えば今ではブルーライトは、本当はあまり悪くないことがわかってきています。日本眼科学会ら6団体が連名で発表した「小児のブルーライトカット眼鏡装用に対する慎重意見」によると、デジタル端末の液晶画面から発せられるブルーライトは、曇りの日や窓越しの自然光よりも少なく、網膜に障害を与えることのないレベルだそうです。
じつは、ブルーライトが目に悪いという科学的根拠は、いまのところないのです。
だからブルーライトカットのレンズを私の娘に使わせていたんですけど、目の疲れには関係がなかったなと。寝る直前にデジタル機器を使うことを控えるほうがいいようです。
――僕もまさに持っています(笑)。それは知りませんでした。そうやって新しい研究などが出てきて、良しとされるものがどんどん更新されていくんですね。
【森戸】そうなんです。なんでも「危ないだろうからやめさせよう」というのが、段々「実は大丈夫だよ」というふうになっていくんじゃないかなと。写真だって「魂取られるから」と言われながら、問題なく普及してきたので。
「電池の入ったおもちゃ」に反対する勢力がいた
昔、電池が入っているおもちゃや絵本に反対する人がいたそうなんです。「白木で作った積み木や簡単なおもちゃこそ素朴でいいもので、電池が入っていてカラフルで音も出るおもちゃは子どもの創意工夫を失わせる」という考えや、絵本ですら「物語は耳で聞いて想像するものだから最初から絵なんかあったら想像力がなくなる」という考えの人がいたらしいのです。
――それはすごい。現代の価値観からすると意外にしか感じられませんが、そんな着眼点もあるのですね。
【森戸】そうなんですよ。だからといって絵本で育った私たちがおかしくなったかというとそんなことはありません。
スマホもそうですが「ちょっとでも見せたらバカになる」といったマイナスの切り口のものは極論が多い印象です。
子育て情報に多い極論
――特に子育てということになると、極論や「これが正しい」と信じてやまない人たちが強く主張してくるような状況がありますよね。
【森戸】自分が育ってきた環境がスタンダードで、新しく出てきたものは怖い・避けるべきだと考える人がいるんですよね。「自分が子どもの時にスマホなんかなかったから、スマホなんか育児にいらないんだ。むしろ害だ」という。それはちょっと……言い過ぎではないかと思います。
――新しく出てきたものは特に、警戒心ゆえかネガティブに見られやすいのかもしれませんね。育児でスマホが有効活用できる例は、先程の「子どもをちょっとの間静かにさせる」の他にどのようなものがありますか?
【森戸】コロナ禍で出かけられなかった時期から、スマホ内で美術館や博物館に行って展示物を見る、楽器の演奏がスマホでできるといったものが増えてきました。
色々なことを見てみる・やってみるハードルがスマホによって下がったと思います。経済的に余裕のない家庭や、保護者が忙しい家庭だと難しかった「博物館に連れていく」「楽器を習う」「絵を書いてみる」といったことが、スマホ1台でチャレンジできる。そうやって知育玩具的な使い方もできると思うんですよ。たとえば楽譜を書けない子が作曲できるようになるかもしれない。意外な才能が見つかるかもしれない。暗記に役立つアプリもありますし。
スマホはテレビと違って「高度なコミュ力」が必要になる
それと、スマホはインタラクティブといういい面もあります。一方的に受け身になるテレビなどと違って、たとえば遠く離れたおじいちゃんおばあちゃんと週に1回顔を見ながら会話ができるとか。
あと文章でやり取りするにしても、炎上しないような・誤解を生まないような文章の書き方、絵文字の使い方がある。
――最近の若い子はすごいですよね。気遣いのある文章を書くのがみんな本当に上手で。
【森戸】うちの娘も「下手にスマホを使って告白しちゃうと、みんなに見せびらかされたり言質を取られたりするリスクがあるから、本当に大事なことを伝える時はスマホを使わないんだよ」と言っていて。
――それは感心しますね。
【森戸】そういうことをちゃんと学校で習っているようです。家庭科などで。
「家の表札に出せないようなことは出さない」「みんなに知られてよくないことは出さない」。そういう教え方をしていて、「いいなあ」と思いますね。
子どもにスマホを見せないことは無理
――森戸先生の学会講演の記事で、「スマホはインフラ」との言及がありました。スマホはもはや単なる娯楽や便利なツールに留まらず、生活に必要なインフラといって差し支えないものと。
【森戸】スマホなしでは生きていけない時代になってきました。保育園の連絡帳がスマホアプリのところが増えましたし、大学受験の受付が紙でなくネット申し込みとなっています。おうちにパソコンがない場合は、図書館のパソコンを借りてやる。あらゆることがスマホやパソコンが使える前提なんです。
――スマホ育児に反対だった知人が、子どもができて育児を始めてからスマホ育児を容認するようになったようで、生活にこれだけ食い込んでいるものを育児から引き剥がすのは難しいと感じたらしいです。子どもにスマホを触らせないだけならまだ可能かもしれないけど、子どもの前でスマホをまったく触らないなんてそれは無理だよなと。
【森戸】自分でやってみないとわからないこと、いっぱいあるんですよね。
ママグループやPTAのLINEなどを見ていて、子どもに「ちょっと待ってね。お母さんPTAのことやってるから」と言っても、子どもにはスマホを見てるとしか見えないから、「ママもやってるから私もやりたい」となってしまうし。スマホをやっているからといって遊んでいるわけではないんですけど、周りにはそう見えるんですよね。
外出中のスマホもOK
――公共の場所でスマホを触る時、そう見られているかもということは常に意識にあります。
【森戸】外で子どもにスマホを見せることに関しても、私はいいと思います。大音量で見せて周りの迷惑になってしまうのはよくありませんが。公共の場所で騒いでしまったら批難するのに、スマホを使って静かにさせていても責められるのはあんまりです。スマホそのものがダメなのでなく、「どう使うか」が大事なので。
――育児でスマホをどう使うか考える時、配慮したほうがいいことはありますか?
【森戸】たとえば「課金サイトに誘導されないためには」を学ぶとか、暴力的なものや性的なものを見せないようにフィルターをかけるとか、そういう安全な使い方をすればいいと思います。
親子で考えるスマホ利用のルール
――スマホ依存にならないために時間を決めるとか、ある程度のルールだけは決めておかないとですね。
【森戸】そうですね。「やるべきことをやってからゲームをすること」とか。「ゲームも続けて何時間もやると運動の機会も減るし目にもよくないから、1回30分やったら休憩を取りましょう」と決めるとか。
――そのあたりのルールは、保護者が勝手に決めてもいいんでしょうか?
【森戸】ルール決めに関する本も出てるんですよ。ワークシートを書いていくものもあるので、親子で書いていくといいと思います。
――子どもも決める時に参加したほうが、納得感があってよさそうですね。
保護者がなんとなく悩んできた「スマホ育児は悪」という言説も、専門家の前でフェアによくよく見てみれば、必要以上に忌避されるべきものでもないことがわかった。注意すべきポイントをいくつかおさえておけば、育児によりスマートに取り組めるはずである。