※本稿は、早野元詞『エイジング革命 250歳まで人が生きる日』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
成人に必要な睡眠時間は7~9時間
老化を抑制する実学について、簡単におさらいしましょう。
・日々の生活習慣は、DNAの情報である“遺伝子の使い方を決める”エピジェネティクスとして、人体に記憶されていく。
・こうしたエピジェネティックな変化を調べることで、ヒトのエイジング・クロック(生物学的年齢)を測ること(=老化の測定)が可能である。
・BMIや血糖値、睡眠などが悪化すれば、老化の客観的指標であるエイジング・クロックが加速したり、エイジング・ホールマークス(老化の特徴)が生じて老化が進む。
こうした老化を制御する指針について、さらに見ていきたいと思います。
まずは、老化抑制に効果的な日頃の習慣から始めましょう。
全米睡眠財団(NSF/National Sleep Foundation)によれば、成人の一晩当たりの必要な睡眠時間は7〜9時間です。それにもかかわらず、65歳以上の高齢者の総睡眠時間は、一晩当たり通常6.5〜7時間程度です。
ちなみに、私自身の平均睡眠時間は5時間弱です。徹夜明けの昼食後はたまに眠くなりますが、夜はコーヒーを飲んだ直後でも入眠まで一瞬なので、さほど不便は感じていません。ただし、就寝直前までブルーライト満載のパソコンと照明の下にいると、寝つくのに時間がかかりますし、睡眠の質も悪くなるようです。
睡眠には男女差がある
睡眠には、レム(REM/Rapid Eye Movement)睡眠と、ノンレム(non-REM)睡眠があります。双方を交互に繰り返しながら、記憶の形成や、脳内から代謝産物を排除するといったさまざまな働きをしています。眠らせないことが拷問の一つの手段であることからもわかるように、最悪の場合、眠りの欠乏が死へとつながることもある。いわば、食事よりも緊急性を要する大切な機能であるのが睡眠です。
実際に睡眠障害は、認知症やうつ病、糖尿病といった疾患の発症リスクになります。さらに、加齢に影響を受けやすいのも大きな特徴の一つです。睡眠の質や効率の低下、睡眠の断片化、日中の眠気、もしくは小さな物音でも起きてしまうなど、大なり小なりの睡眠障害は加齢に伴い増えていきます。
睡眠は、男女の性差が顕著に見られます。37歳から92歳までの2500人以上を対象にした調査では、ノンレム睡眠のうち、脳波の周波数が低い「徐波睡眠」に違いが見られました。70歳以上の男性では、55歳以下の男性に比べて徐波睡眠が50%も減少しています。また、女性に比べて男性のほうが3倍も徐波睡眠不足に陥ることがわかりました。
つまり、加齢ばかりでなく性差も、睡眠の質に影響を与えることが示されているのです。実際、徐波睡眠の減少が認知症の危険因子である可能性も科学的に報告されています。
老化を抑制する体内時計の管理
1日24時間内で変化する体内時計、いわゆる「概日リズム」も加齢に伴い変化します。
体内では、脳の視床下部にある視交叉上核(SCN)という小さな領域がタイマーの働きをしています。いわば“体内時計”であり、人体の制御システムです。具体的には、眼の網膜からの光による合図を受けて、外的時間と内的時間を合わせています。
一般的に体内時計の指標といえば、メラトニンやコルチゾールといったホルモンの増減や体温の変化が挙げられますが、加齢に伴い1日のうちでの振幅やピークが低下し、リズムも乱れてしまうことがあります。概日リズムの乱れは、肥満や心血管疾患といった疾患リスクの誘因にもなります。
また、人体の老化制御に重要な働きをする酵素「NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)」にとっても、この概日リズムは重要です。なぜなら体内でNAD+が再合成されるときに欠かせない「Nampt(ナンピーティー)」と呼ばれる酵素も、概日リズムの影響を受けるためです。
概日リズムによって、体内のNAD+量は変化する。つまり、体内のNAD+は、概日リズムに乗って、24時間周期で変化しているというわけです。
服用時間によって老化が進んでしまう…
ちなみにNAD+は、ミトコンドリアの活性化による筋肉や心臓、脳の機能改善など、さまざまな老化のリスクを正常化することが報告されています。そのため多くの人が、NAD+のサプリメントとして、「NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)」や「NR(ニコチンアミドリボシド)を手に取られているようです。
私自身も、NMNを毎朝摂取しています。ただし、夜には摂取しません。
その理由は、先ほど述べたように、NAD+は体内でリズムを刻んでいるからです。
実際にマウスのデータでは、本来NAD+の量が下がっていなくてはいけない時間帯にNMNを与えてNAD+量を上げてしまうと、支障をきたすことが示されました。
脂質代謝に関わる遺伝子にネガティブな影響を与えたり、“時計遺伝子”と呼ばれる概日リズムをつかさどる遺伝子群を逆転させてしまうのです。つまり、ご飯を食べるタイミングと体内の分子的な時計があべこべになってしまい、代謝異常が引き起こされるのです。
「NMNやNRを摂取すると、身体に良い」という情報だけで間違った服用をしてしまうと、実は老化を促進させるためにサプリを飲んでいることにもなりかねません。老化の分子メカニズムに基づいた用法と用量、それらのしっかりした見極めが重要です。
センチネリアンの幼少期とは…
ところで厚生労働省の発表によると、2023年度中に100歳を迎える人は、2023年9月1日時点で4万7107人(男性:6727人/女性:4万380人、見込み含む)、同時点で100歳以上の人の数は9万2139人でしたが、たった60年前の1963年は153人でした。予測の範疇を超える出来事を「ブラック・スワン」と呼ぶことがありますが(古くから欧州で存在しないと思われていた黒い白鳥が17世紀末に西オーストラリアで発見されたことに因みます)、100歳以上の人口が60年で600倍以上になることを一体誰が予測できたでしょうか。
実際、彼らセンチネリアン(100歳以上の長寿者)たちは、どのような幼少期を経てきた人々なのでしょう。
センチネリアンやスーパーセンチネリアンの研究においては、幼少期からの食事や運動、喫煙を含むライフスタイル、体重、さらに多くのセンチネリアンが寡婦であることなどが知られています。肉、卵、乳製品の代わりに穀物、魚、野菜を中心とした食生活、そして高齢になるまで積極的に働くことや思いやりのある地域社会との絆など、近年ますます重要視されている条件も彼ら一人ひとりが備えているようです。
ストレスにも良し悪しアリ
他にも、「スーパーセンチネリアンの人たちは、衛生状態が決して良いとはいえない牧場の近くなどに住んでいて、幼少期に感染症に罹るなどストレスを受けた人も多い」といった説もテレビの放送などでは見受けられます。
実際には、日本の9万2000人ものセンチネリアンの人たちが皆、牧場暮らしということはありません。しかしながら、幼年環境と寿命が強く結びついていることは科学的見地からも知られています。
たとえば、幼少期の重篤な栄養不足は疾患のリスクになり得ます。逆に、軽度なストレスが細胞の中で記憶されれば、健康や寿命にポジティブな影響をもたらします。日本でも流行になっているサウナは、心血管疾患のリスクを長期に予防しますし、断続的な絶食(ファスティング)が糖尿病、がん、心臓病、神経変性への予防効果があることも示されています。
要は、ストレスにもプラスとマイナス双方の効果があるということも、センチネリアンの人々は教えてくれているのです。