疲れをとるために睡眠は欠かせない。長年休養について研究し、日本リカバリー協会の代表理事を務める片野秀樹さんは「睡眠は細胞の修復、肥満の予防、生活習慣病の予防、感染の予防などの役割があるが、まだわかっていないことも多い」という――。(第3回/全3回)

※本稿は、片野秀樹『あなたを疲れから救う休養学』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。

電車で眠る人
写真=iStock.com/Eric Kitayama
※写真はイメージです

睡眠は疲れをとるために不可欠

いうまでもありませんが、睡眠は疲れをとるために必要不可欠なものです。睡眠をとらないと最終的に人間の体は壊れてしまいます。おそらくほとんどの人が徹夜をするのはつらいと思います。ましてそれが2晩におよぶと、頭を使う仕事や複雑な作業ができなくなってきます。さらに3日ぐらい寝ずにいると、幻覚を見始めたり、まともな会話ができなくなったりといった症状があらわれます。脳が完全に疲労状態になり、意思決定能力や判断能力が極端に低下してしまいます。「不眠死」などという言葉もあるようです。

睡眠の大事な役割の1つは、なんといっても細胞の修復です。昼間の活動で傷ついた細胞の修復が、主に睡眠中におこなわれます。厳密にいえば昼間でも細胞の修復はされています。しかし昼間は体を動かすほうに酸素が優先的に使われるので、あまり細胞の修復には手がまわりません。その点、睡眠中は消費する酸素が少なくて済むので、細胞の修復に酸素を使うことができます。細胞の修復を助ける成長ホルモンも夜、寝ているときに分泌されるので、眠ると疲れがとれるのです。

睡眠にはいろいろな力がある

睡眠にはほかにも肥満の予防、生活習慣病の予防、感染の予防という役割があります。とてもマルチな力をもっているのです。

まず、肥満と生活習慣病の予防から説明しましょう。

睡眠が短いと、食欲を増進するグレリンというホルモンが活発に出る一方で、食欲を抑制するホルモンであるレプチンが低下するため、肥満につながります(図表1)。すると、次のように連鎖が起きていきます。

・睡眠不足だと、グレリンが出てレプチンが減るので食欲旺盛になる
・食事を食べすぎると血糖値が上がる
・血糖値が上がると肥満気味になり、体を動かすのがおっくうになる
【図表1】睡眠時間と食欲抑制の関係
片野秀樹『あなたを疲れから救う休養学』(東洋経済新報社)より

人にもよりますが、こうした状態でストレスがかかると、喫煙や飲酒に逃げてしまったりすることもあるでしょう。するとコレステロールが増え、血糖値が上がって脂質異常症になります。もちろん、タバコは高血圧のもとですし、肥満自体も高血圧の原因です。つまり、睡眠不足をきっかけに肥満、ひいては生活習慣病を引き起こす悪いループに入ってしまうおそれがあるのです。一度ループにはまると、抜け出すのは大変です。

逆に考えれば、生活のリズムを整えること自体が病気の予防になるといえます。このことは知っておいてほしいと思います。

睡眠についてはまだ謎が多い

寝ているときは免疫に大事な役目を果たす白血球の中のリンパ球の活動が活発化されるので、睡眠が十分に足りていると感染症になりにくくなります。逆にいうと睡眠不足だとリンパ球の活動が低下するので、免疫力が落ちて、風邪などの感染症にかかりやすくなります。

さらに記憶の定着や整理も睡眠中におこなわれます。睡眠不足が続くと頭がボーっとするのはそのせいかもしれません。

実は睡眠に関することは、まだまだ解明されていません。専門の先生方に聞いても明確な回答が得られないことが多々あります。

「睡眠が深ければ短時間睡眠でも疲れはとれる」とか、あるいは逆に「眠りが浅いと長時間寝ても疲労は回復しない」というような説を聞いたことはないでしょうか。このような説についても、実は科学的な証明はされていないのです。深く眠ることによって体力が回復するのは間違いないけれども、どのくらい深い睡眠を、どのくらいの時間とればいいかはまだ判明していません。

現時点で明らかにわかっているのは、睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2種類があること。そしてレム睡眠の間は首から下の体が動かない状態になっていて、脳は夢を見ていること。ノンレム睡眠には浅睡眠から深睡眠へと、眠りのステージが3段階あることなどです。これらは脳波で観測できるので、間違いない事実です。今後研究が進んだとしても、おそらく覆されることはないでしょう。

電車で寝ていて横の人に寄りかかるわけ

ここからは睡眠について現段階でわかっていることを詳しく説明していきましょう。

睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2種類があることはよく知られています。

レム睡眠のREMとは、rapid eye movementの頭文字をとったもので、「急速な目の動き」という意味です。レム睡眠のときは、眠っていても閉じたまぶたの上から目の玉がぐるぐる動く様子が観察できます。このように目が動いているとき、脳は夢を見ているといわれます。

一方、ノンレム睡眠はレム睡眠ではない状態です。

ノンレム睡眠には3段階があり(4段階説もあります)、ノンレムの頭文字のNをとって、いちばん浅いノンレム睡眠をN1、真ん中はN2、そしていちばん深い3段階目の眠りをN3といいます。

人間は一晩に何回かレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返すのですが、そこには一定のパターンがあります。

まず入眠するとノンレム睡眠のN1に入ります。そしてN2、N3と深い眠りに移っていく。そして来た道を戻るようにN2、N1に戻り、次にレム睡眠に入ります。

レム睡眠の特徴は、すでに述べたように夢を見ているということです。脳は動いているけれど体は動いていません。首から下の活動がシャットダウンしているからです。体が動かないので寝返りも打てません(寝返りを打つのはノンレム睡眠のときです)。

いわゆる金縛りにあうのは、レム睡眠のときに何らかの影響で意識が戻ってしまって、体を動かそうとしても動かないことに気づいてパニックになるからです。

たとえば電車でうたた寝するとき、たまに隣に寄りかかる人はいても、だいたいの人は眠ったまま座った姿勢を保っているでしょう。それは入眠した直後は、N1に入るからです。もしここでレムに入っていたら、体に力が入らず、倒れてしまいます。

うたた寝が本格的な睡眠になり、N1が徐々にN2、N3になると、体から力がだんだん抜けて、船を漕ぐようになり、N2くらいで隣の人に寄りかかってしまうというわけです。

学習能力が高まる眠り方

「N1→N2→N3→N2→N1→レム」のワンサイクルの所要時間はおよそ90分です。この90分サイクルが1晩に3回から4回ぐらい繰り返されます(図表2)。いちばん眠りが深いN3のときに起こされてしまうと、ぼうっとしてなかなか起きられません。N1やレムのときであれば心地よく起きられます。

朝にかけて90分のサイクルを繰り返していくと、N3の深い睡眠の時間が徐々に少なくなって、レム睡眠が増えます。

【図表2】眠りのサイクル
片野秀樹『あなたを疲れから救う休養学』(東洋経済新報社)より

レム睡眠のときは脳が昼間の経験を整理したり記憶に定着させたりする時間です。ということはレム睡眠の多い後半のほうの睡眠をおろそかにすると、自分が昨日経験したことを記憶として脳に定着させにくくなってしまいます。

受験生は勉強のために睡眠時間を削って3時間くらいしか寝ないことがありますが、これではレム睡眠が長くなる手前で起きることになります。ちゃんと寝たほうが、記憶の定着などの学習能力が高くなることは知っておいてほしいと思います。

レム睡眠とノンレム睡眠では、それぞれ体内でおこなわれていることが違います。ノンレム睡眠のときはアミロイドβベータという脳の老廃物を脳外に排出することがわかっています。

アミロイドβは脳内でつくられるタンパク質で、健康な人の脳にもありますが、長期間排出されずに脳内に蓄積することによって認知症になるといわれています。「認知症にならないためには、1日何時間以上寝なさい」といった基準はありませんが、普通に考えて5~6時間以上は必要でしょう。

年とともに「眠り足りなくなる」のはしかたがない

よく知られていることですが、睡眠は加齢とともに変化します(図表3)。

ベッドに入っている時間(就床時間といいます)や睡眠時間そのものは、年を取ってもあまり変わりありません。睡眠時間でいうと25歳で7時間程度、45歳で6時間半程度、65歳になっても6時間程度で、そう大きな差はありません。

ただ、若いころはいったん眠りにつくと朝まで一度も目が覚めないのが普通ですが、中高年になると、夜中に何度か目が覚めるようになるのです。図表3でも、中途覚醒が年とともにどんどん増えていっているのがわかると思います。

【図表3】睡眠の加齢変化
片野秀樹『あなたを疲れから救う休養学』(東洋経済新報社)より

高齢者には「眠れない」「睡眠が足りない」と訴える人が多いのですが、実際は、睡眠量はそれほど変わりません。おそらく、中途覚醒が多いので、睡眠が足りない感じがするのでしょう。

片野秀樹『あなたを疲れから救う休養学』(東洋経済新報社)
片野秀樹『あなたを疲れから救う休養学』(東洋経済新報社)

もしかしたら、昼間うとうとして足りない睡眠を補充してしまっているのかもしれません。

余談ですが、睡眠には多相性睡眠と単相性睡眠があります。多相性睡眠というのは、1日のうちで何度も寝たり起きたりを繰り返す、赤ちゃんのときの睡眠です。成長とともに、一度眠りについたら朝まで起きない単相性睡眠に変わります。

ただし大人でも多層性睡眠のほうが体にいいという説があります。サッカー選手のクリスティアーノ・ロナウドが90分の睡眠を1日に5回とる多相性睡眠を取り入れているのは有名ですね。