直近の社長10人のうち、7人は東京大学出身。そんな日本航空において、短大卒で女性初となる新社長が誕生した。ジャーナリストの溝上憲文さんは「前々社長がパイロット出身、前任が整備出身、今度はCA出身の鳥取三津子氏が社長に就任した。経営再建で社内風土が変わったとはいえ、営業・労務・企画部門にとってはおもしろいはずはなく、鳥取新社長に対する風当たりが強くなるのは想像に難くない」という――。
日本航空の社長に昇格する鳥取三津子専務(右)と赤坂祐二社長=2024年1月17日午後、東京都品川区
写真=時事通信フォト
日本航空の社長に昇格する鳥取三津子専務(右)と赤坂祐二社長=2024年1月17日午後、東京都品川区

コロナ禍、CAを異業種に出向させ雇用を維持

日本航空(JAL)の次期社長に客室乗務員(CA)出身の鳥取三津子氏が決まったことが注目を集めている。多くの人が驚いたのはCA出身というだけではなく、短大卒でしかもJALが事実上吸収合併した外様のJAS(日本エアシステム)出身でもあるということだ。

日本の伝統的大企業で社長まで上り詰めた生え抜きの女性がほとんどいなかったことを考えると、CA・短大卒・外様といういくつものガラスの天井を突き破った異例の女性新社長といえる。

鳥取氏は執行役員客室本部長時代にコロナ禍の大幅減便で仕事を失ったCAなどのスタッフが培った高いスキルを維持するために異業種に出向させ、雇用の維持に注力したことで知られる。その結果が今年1月2日に発生したJAL機と海上保安庁の航空機の衝突事故でCAの迅速な行動による奇跡の脱出劇につながったというのは言いすぎだろうか。

いずれしても安全とサービスの功績が認められ、23年には代表取締役専務執行役員グループCCO(最高顧客責任者)に就任した実力者である。

直近10人の社長のうち7人が東京大学卒

とはいえJALの社長といえば、1981年に就任した高木養根社長以降、歴代10人の社長のうち7人が東京大学(院含む)卒であり、前任の赤坂祐二社長も東大院卒である。近年の採用実績校も旧帝大をはじめ有名私大出身者が多い、高学歴エリート集団だ。

【図表】JAL社長 直近10人と新社長の出身大学
※編集部作成

2010年の経営破綻後、京セラの稲盛和夫会長の陣頭指揮の下での経営再建中に航空大学校卒のパイロット出身の植木義晴社長が就任したが、それまでは営業・労務・企画部門の派閥争いが度々発生したことで知られる。

植木氏がパイロット出身、前任の赤坂氏が整備出身、今度はCA出身の鳥取氏が社長に就任し、経営再建で社内風土が変わったとはいえ、営業・労務・企画部門にとってはおもしろいはずはなく、鳥取新社長に対する風当たりが強くなるのは想像に難くない。

女性トップへの男性の妬み、やっかみ

しかも女性がトップになることに男性の妬みややっかみはつきものだ。たとえば2021年に労働組合の中央組織の連合の会長に女性初の芳野友子氏が就任したが、本来は主要産業別労働組合のトップから選ばれるのが通例だが、トップ経験のない芳野氏はまさに異例の会長就任だった。そのときも「女性で大丈夫なのか」、「芳野が手を挙げるのを止められなかったのか」といった連合OBの男性陣からも不安視する声が少なくなかった。

芳野氏も就任直後のインタビューで「私が就任するのが濃厚という報道が流れると、男性たちの多くは『(連合が難局を抱えている)このタイミングで大丈夫か』と心配してくれました。一方、女性組合員や労組のOGたちからは『誇りだ』『勇気をもらえる』『あなたなら大丈夫』『とにかく支える』といった激励のメールやメッセージをたくさんいただきました」と述べている(2021年10月6日『朝日新聞電子版』

「社長のお気に入り」という根も葉もないウワサ

加えて、大企業の場合、役員の圧倒的多数は男性であり、これまで役員レースに女性が入ることはなかったが、ひとたび女性が選ばれると、男性の嫉妬や妬みがすごいという話はよく聞く。女性の役員昇進に関しては特殊な軋轢が生じると語るのは建設関連企業の人事部長だ。

「経営トップの推薦で当社初の生え抜きの女性役員が誕生しました。もちろん仕事もできるし、部下指導などマネジメント力もあり、人事としても役員として申し分のない女性だと考えていました。ところが役員に就任したとたんに『彼女は社長のお気に入り。裏で何かあるのでは』と変なウワサが幹部の間で流れ出したのです。根も葉もないウワサですが、社長の一本釣りというだけで彼女はいわれのないプレッシャーを受けるはめになったのです」

会議室に居並ぶ役員たちは逆光で顔が見えない
写真=iStock.com/FangXiaNuo
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社員から役員に昇進するのは極めて難しい。大手食品会社では同期入社組から役員が出るのは珍しく「数年に1人ぐらいしか役員に昇進しないので社内では“ビンテージ”と呼ばれている」(同社人事部長)。それだけに女性が選ばれると、選ばれなかった男性の嫉妬や妬みが渦を巻くことになる。

女性幹部の嫉妬心はそれ以上にすさまじい

ただし、意外だが同性の女性の妬みや嫉妬も強いという。金融業の人事部長はこう語る。

「女性部長たちの中には、なぜ彼女が役員に選ばれて私が選ばれないのよ、といった不満と嫉妬が出ましたね。社長の覚えがめでたく、その関係で引き上げられたと思ってしまうのです。男性役員もそう思っている人もいるかと思いますが、女性幹部の嫉妬心はそれ以上にすさまじいです」

女性が昇進すると、男性だけではなく、ライバルの女性にも敵視されるはめになる。女性の敵は女性ということだが、女性幹部ほど下の女性に厳しいという指摘もある。サービス業の人事部長は子どもを産み育てた経験のある女性でも上の役職者ほど若い女性に冷たいと、こう語る。

「当社の女性役員は仕事量も多いし、夜遅くまで仕事をしています。若いころから子どもの面倒は家族に見てもらい、自分は男性に負けずに猛烈に働いてきた人たちが多い。あるときその役員に『女性の時短勤務者が多くて人事も大変です』と言ったところ、突然『甘えてんじゃないわよ!』と怒りだしたのには驚きました。彼女から見れば、育児で休むとか、早退するというのは納得がいかないのでしょう」

たとえ子どもを産み育てた経験を持ち、バリバリ働いているとしても、こういう女性役員は若い女性からはロールモデルにならないだろう。

日差しが差し込む会議室
写真=iStock.com/PeopleImages
※写真はイメージです

女性部下を一刺しする「女王蜂症候群」

実は「女性の昇進を阻むのは女性」という学説もある。より高い職位にある女性が、下から這い上がってくる女性を“一刺し”してしまう現象は「女王蜂症候群」と呼ばれている。立教大学経営学部の中原淳教授らが調査の中で「女性の昇進を阻もうとする女性幹部・管理職がいたか?」と質問したところ、「いた」と答えた男性は4.4%だったが、女性は9.4%と倍以上の結果となった。

中原教授は「有望な女性を潰そうとする女王蜂症候群は、男性の気づかないところに発現している可能性がある」と指摘し、こう述べている。

「『女王蜂症候群』の典型的光景は、男性部下にすでに囲まれ、地位を固めた女性の上級管理職が、その地位を脅かしかねない下級管理職の女性の追撃を恐れて行うというものです。このほかに、あまりサポートのなかった時代に孤軍奮闘して子育てを全うした上級管理職の女性が、いままさにさまざまなサポートを利用して子育てを行っている女性を、知らず知らずのうちに攻撃してしまう“亜種”も存在します。この亜種は、もともとの概念の解釈には存在していませんが、現代社会においてよく見られる光景と言えます」(中原淳/トーマツイノベーション著『女性の視点で見直す人材育成 だれもが働きやすい「最高の職場」をつくる』ダイヤモンド社)。

今の日本で女性がガラスの天井を突き破るには、周りの男性の嫉妬心や妬みだけでなく、女性すらも抵抗勢力となりうる。そんないばらの道を突破してきたことが想像できるだけに、今回の新社長就任は「現場のCAに勇気を与える」と称賛されているが、まだまだそんなきれいごとだけでは語れないものがある。サプライズ人事を行った前任者含めたサポート体制を期待したい。