都と国で評価が二分された
12月に入り、都と国の新たな子育て支援策が発表され、注目を集めています。
12月5日に東京都が新たに発表した子育て支援策は、東京都に住む高校生の学費無償化策です。都は年収910万円未満の世帯を対象に学費無償化をこれまで実施していましたが、来年度からはこれを撤廃し、所得制限無しで高校の学費を無償化する方針を発表しました。
これに対して政府は、12月11日に大学無償化策を発表しました。具体的にはこども未来戦略方針の実行案として、3人以上の子どもがいる多子世帯の大学等の高等教育機関の授業料や入学金を無償化する方針だと発表したのです。
これら2つの子育て支援策に対して、人々の反応は分かれています。
テレビのニュース等を見ると、都の高校学費無償化に対して、教育面では必ずしも良い効果は期待できないものの、子育て世帯を金銭的に支援する策としては良いのではないかと好意的な評価があがっています。これに対して、政府の多子世帯の大学無償化に関しては、その内容や対象に対して不満の声があがっていると言えるでしょう。
このように都と政府の子育て支援策について評価が分かれるのはなぜなのでしょうか。今回はこの背景について考察していきたいと思います。
シンプルでわかりやすい都の子育て支援策
今回の都の高校無償化の最大の特徴は、その内容がシンプルでわかりやすく、「子育て負担が減る」と実感が得られやすい点にあります。
もともと小池都知事は就任第1期目の2017年度から、年収760万円未満の世帯を対象に、私立高校の授業料を実質無償化していました。2020年度からは、年収の基準を910万円未満に引き上げ、来年の2024年度からは、この年収の基準を廃止するというわけです。
今回無償化の対象となるのは、都に住むすべての高校生であり、私立と都立の両方が支援対象となっています。
高校生の子どもを持つ世帯にとって、金銭的な負担がなくなり、大変ありがたい政策となるでしょう。特に都内の場合、私立中高一貫校に通っている子どもも多いため、この政策のインパクトは大きく、「助かる」と実感するご家庭も多いのではないでしょうか。
都の高校無償化に対して好意的な意見が多くなるのは納得できます。
対象者が限定的なうえに複雑な国の子育て支援策
これに対して政府の大学無償化には批判的な意見が多くなっています。この背景には無償化の対象者が限定的であり、関連する制度も複雑であるという点が影響していると考えられます。
まず大学無償化の対象となるのは、子どもが3人以上いる世帯です。この時点で「えっ! うちは対象外だ」とショックを受けた方もいたかと思いますが、そもそも子どもが3人以上いる世帯の割合は日本で減っています。
厚生労働省の『国民生活基礎調査』を見ると、子どもが3人以上いる世帯の割合は1990年以降徐々に低下し、2022年では子どもがいる世帯全体の12.7%です。この間、子どもが2人いる世帯も低下し、かわりに子どもが1人の世帯の割合が増えています。
このように大学無償化は、恩恵を受ける対象が減少している層に向けて実施される構造となっているのです。全世帯の中で子育て世帯は2割ほどにすぎず、子育て世帯への政策が進まないことは以前にも述べたとおりですが、3人以上の子どもがいる世帯となるとたった3%程度です。
また、今回の無償化策では、一番年上の子どもが扶養を外れ、扶養されている子どもの数が2名となった場合、無償化の対象外となってしまいます。つまり、子どもが仮に3人いたとしても、そのすべての子どもの学費が持続的に無償化されるわけではなく、期間限定で無償化となるわけです。
手当を拡充しながら扶養控除を引き下げる愚策
さらに、岸田首相の進める「こども未来戦略」では、高校生までの児童手当の拡充と、高校生がいる世帯の所得税と住民税の扶養控除の引き下げも同時に検討されています。児童手当の拡充は世帯にとって金銭的にはプラスですが、所得税と住民税の扶養控除の引き下げは金銭的にはマイナスです。これでは子育て世帯を経済的に支援したいのか、それとも逆なのかメッセージが不明瞭となってしまいます。この状況下で新たに多子世帯の大学無償化が登場したわけであり、制度として複雑さを増したといえるでしょう。
以上の点から、政府の多子世帯の大学無償化は対象が限定的であると同時に、関連する制度が複雑であるため、不満を持つ人が多くなっていると考えられます。「もっとシンプルに、子育て負担が減る政策を実行してほしい」と多くの人が思っているのではないでしょうか。
厳しい財政事情から奇妙な大学無償化策が生まれた
この政府の多子世帯の大学無償化ですが、よく考えると2つの疑問が出てきます。
まず1つ目の疑問は、「そもそもなんで多子世帯に限定して無償化を行うのか」という点です。おそらく、多くの人々がこんな奇妙な形の政策ではなく、「第1子目からの大学無償化」を求めていると考えられますが、それが実現しないのはなぜなのでしょうか。
この答えは、政府が直面している厳しい財政事情です。
日本の財政事情は非常に厳しく、国の歳出のうち、税収で5割程度、国債で4割強をまかなっています。借金の比率が高く、新たな政策を実施する際に慎重にならざるを得ません。
また、日本の高齢化は新たな局面に差し掛かっており、来年の2024年には65歳以上の高齢者人口比率が3割を超え、再来年の2025年には団塊の世代の全員が75歳以上の後期高齢者となります。これによって医療・介護の社会保障費のさらなる膨張が見込まれており、日本の財政を悪化させることが危惧されています。
このような状況下で「第1子目からの大学無償化」といった巨額の財源が必要となる思い切った子育て支援策を実施するのは難しいのです。
何とかひねり出した労作ではあるが本気度が見えない
おそらく、今回の政策は厳しい財政状況下でもより踏み込んだ子育て支援策を実施したいとの思いから、なんとか考え出された労作なのではないかと考えられます。限られた財源を振り分けるのであれば、最も子育ての金銭的負担が大きい層を対象とせざるを得ません。この結果、多子世帯がターゲットとして出てきます。
多子世帯の大学無償化を持続的に行いたかったものの、増税しないという政府の方針のもとではそれも難しく、何とか予算規模を削るために、3人以上子どもがいても扶養されている子どもの数が2名となった場合、無償化の対象外とせざるをえなかった可能性が考えられます。
このように今回の大学無償化は、政策担当者の苦労が垣間見られる内容です。しかし、残念ながら多くの人々にとってわかりにくく、不満をもたれる結果となってしまったのではないでしょうか。
大学無償化策は少子化対策とはならない
2つ目の疑問点は、政府の大学無償化が少子化対策として有効なのかという点です。
残念ながら、この答えは「効果は小さい」と言えるでしょう。
というのも、現在の少子化の原因は、結婚している夫婦の子ども数の低下だけでなく、結婚する男女の減少や、子どもを産む年齢層の女性数の減少が大きな影響を及ぼしていると指摘されているからです。
日本総合研究所の藤波匠上席研究員の分析によれば、2020年時点では確かに結婚している夫婦の子ども数の低下も少子化の原因となっていますが、それよりも子どもを産む年齢層の女性数の減少が少子化の一番の原因だと指摘しています(*1)。また、1995年から2005年まで結婚する男女の低下が主な少子化の原因であり、この点に対する対策がスッポリ抜けている状況です。これでは出生率の向上は望めないでしょう。
あと2人、3人産むのはハードルが高すぎる
また、そもそも日本では子どもがいない夫婦や、子どもが1人の夫婦が持続的に増えてきています。国立社会保障・人口問題研究所の『出生動向基本調査』によれば、結婚持続期間15〜19年の夫婦のうち、子どもがいない夫婦と子どもが1人の夫婦は、1977年では14.0%でしたが、2021年では27.4%になっています(図表2)。
これらの夫婦が大学等無償化の恩恵を受けるには子どもを2人または3人以上産まなければならず、ハードルはかなり高いと言わざるを得ません。これでは出生率向上の効果はあまり期待できないでしょう。
所得制限なしの大学無償化策へ政府の本気度が問われる
これまで見てきたとおり、都の高校無償化策は、制度内容がシンプルでわかりやすく、「子育て負担が減る」と実感が得られやすいものでした。これに対して、政府の大学無償化策は、対象者が限定的で関連する制度も複雑であるため、批判が集まるものになったと考えられます。
ただし、制度として所得制限なしの大学無償化策が始まったことは事実です。今後この制度が拡充され、第2子、第1子も無償化の対象になれば、少子化への効果もかなり期待できるでしょう。
この政策を推し進める場合、問題となるのは財源です。巨額の財源が必要となるため、年金や医療といった社会保障給付の制度改革は避けて通れないでしょう。また、これまで行われてきた政策の停止・廃止による歳出削減も必須です。
少子化による人口減少は、我が国が直面する未曽有の危機です。今、この危機に対する政府の本気度が試されていると言えます。
(*1)藤波匠(2022)「『子どもをもう1人ほしい』という希望が打ち砕かれている…日本の少子化が加速する根本原因『若者が結婚しないから』が理由ではない」プレジデントオンライン