※本稿は、川村 孝『職場のメンタルヘルス・マネジメント 産業医が教える考え方と実践』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
役職を任期制にすることのメリット
入社・入職して何年かたつと役職に就くことが多いでしょう。係長、課長補佐、課長、部長などが代表的な役職名ですが、部下を持たない専門職的な役職名もあります。
近年はチーム・リーダーやグループ・マネージャーといった呼称を用いる会社も多くなっています。
カタカナ名からは序列がわかりにくく、「長」かどうかもはっきりしないので、序列や管理職かどうかを気にせず適任の職に配置しやすくなります。
どうでもよいことですが、「カチョー」「ブチョー」も「リーダー」「マネージャー」も最後が長音なので呼びかけやすいのが利点です(英語の発音では必ずしも長音ではありませんが)。
一つの役職で2〜3年が過ぎると次の役職へと渡っていきます。そして渡りながら職位が上がっていきます。そしてどこかで管理職に就きます。
しかし、管理職が向いていない人もいます。あるいは、能力はあっても家庭や健康上の理由で管理職を外してほしい時期もあるでしょう。
専門職でもときどき見直しが必要です。だからすべての役職には任期を設け、任期が過ぎたらいったん無冠(ヒラ)に戻してはどうでしょうか。
必要があれば次の役職に新たに就けばいい
大学では一般に学部長は教授の中から選ばれますが、一定の任期が終わるとヒラの教授に戻ります(ちなみに、教授は四段階ある教員の最高位ですが、格付けであって役職ではありません)。
学部長からヒラ教授になっても「降格(降任)」には当たらず、単なる「任期満了」です。
任期満了で肩の荷も下ります。役職には「管理職」のほかに「専門職」も用意すべきです。経験を積んだので管理的なポストに就けるのでしょうが、自身の業務処理能力は高くても人の指導や管理が苦手という人は少なくありません。
管理職に向かない人は、専門職に
管理職に向かない人が管理職になると悲劇も起こりやすくなります。
この場合、管理職は諦めて専門職として遇します。これからの時代、会社の人口ピラミッドを三角形に維持することは難しいでしょうから、指揮・命令系統を維持するためにも主任・主幹とかエキスパートとか名付けた専門職の設定が不可欠でしょう。
課長補佐をケア要員に
職場の管理者は、先頭に立って仕事を引っ張る人だけでは足りません。
最後尾で人を守る人が必要です。
電車ごっこの「運転手は君だ、車掌は僕だ」と同じです。
前者が課長なら、後者は課長補佐。課ごとに配置できなければ、複数の課を受け持つ共同補佐でもよいでしょう。しんがりは隊列についていけない人が出たらその者を助け、誰かが欠けたときはその者の仕事を臨時に代行します。そのためには課長補佐は「無任所」でなくてはなりません。フリーだからこそ、人を助けたり代行したりすることができます。
ところが、近年の合理化(定員削減)で課長補佐が固有の仕事を持っていることが少なくありません。
課長補佐というより筆頭係長になってしまっています。これではヘルプに出られません。課長と補佐はワンセットであり、その職務あるいは立場を明確に分ける必要があります。
十数人程度の課であれば、体調不良者や仕事の歩調が合わない人が一人や二人はいるでしょう。
無任所職を置くなど一見無駄のように見えますが、実は大事な「無用の用」なのです。
司令官と副官は質が異なる
世の中には司令官に向いた人と副官に向いた人がいます。
司令官は情勢を見極めて方針を決め、それを組織の構成員に命令します。副官は司令官の方針に沿って必要な陣容を整え、兵站を掌ります。
両者のもとには参謀が何名もいて、意見を言ったり業務を分掌したりします。司令官と副官は性格がまったく異なります。
歴史的には、豊臣秀吉と弟の秀長、本田技研の本田宗一郎社長と藤沢武夫副社長の組み合わせが有名です。
副官は絶対に司令官の地位を狙わない。辞めるときも一緒です。だから司令官から全幅の信頼を寄せられます。
藤沢武夫氏の場合は本田宗一郎氏の実印まで預かっていたと言われています。近年の政治家では首相・中曽根康弘氏と官房長官・後藤田正晴氏のコンビが挙げられるでしょう(近年にもよく似た組合せがありました)。
ちなみに、私は100パーセント副官タイプです。自ら先頭に立つのではなく、誰かの後方で密かに役立つのが使命と心得ています。
会社の事情をよく知る“退職者”をリスナーに
現役の役職者は業務で成果を挙げなくてはならないので、なかなか部下一人ひとりの話をじっくり聞いている余裕がありません。
そこで、退職者を再雇用してリスナー(聞き役)とします。退職者は会社の事情をよく知っているし、退職していて相談した本人とは直接の利害関係がないため、相談相手として最適です。
リスナーは聞くのが職務です。
喋ってはいけない、というと言い過ぎですが、少なくとも黙々と聞く技術と忍耐が必要になります。
相手の言ったことを反復・要約しながら聞きます。
「先輩なのだから、よいことを言ってやらなくては」と思う必要はありません。本人は喋る中で問題点の整理ができ、解決法も自然に見つけられることが多いのです。
すなわち、リスナーは“鏡”です。本人が自分を見つめ直すための道具なのです。
だから、喋り好きは困ります。聞いているうちに「俺が現役の頃はなあ、……」と喋りだし、昔の手柄話で終わるというのは最悪のパターンです。
実は、このような立ち位置は心理カウンセラーと似ています。心理のカウンセリングには「傾聴的カウンセリング」と「治療的カウンセリング」があります。
前者は、とにかく「上手に聞く」のが仕事です。
産業医による上司面談の効果
京大で産業医をしていた時期に「部下の取り扱いに困った上司から相談を受ける制度」(管理者面談)をつくり、現在も契約する民間企業で同じようなことを行っています。
自分の部下について、「このところ休みがちだが理由がよくわからない」とか「ちょっと変わっていてどう接してよいかわからない」といったことで話を聞いてみると、部下が内因性鬱病だったり、自閉症的だったりすることもあるので、受診の勧め方や接し方のコツを伝授します。
上司面談の後、当該の部下を呼んで面談し、特性や病状を確認して助言することも少なくありません。
初めて上司が来談するときは、できるだけ複数で来てもらうようにしています。
部下の問題点をさんざん述べるが当の上司のパーソナリティが少し歪んでいる場合もあり、同席者から事実関係のウラを取るためです。上司からの情報の事実確認のため、部下の以前の上司・同僚などから情報を得ることもあります(それが産業医の強み)。
上司と部下の人間関係は職場環境でもっとも基盤となるものですが、双方の心に余裕がないためトラブルが生じやすいものです。
こういった「ちょっと困ったな」の段階での面談は法令や行政指導では義務づけられていませんが、職場のトラブル防止のためにはとても有用です。
今まで私が早期に相談に乗った後に休職に至った例はなさそうです。
会社の安全配慮義務の一環として行いたいところです。
ただ、上司の面談の中で部下と上司の両方の心理特性を読み取らなくてはならないため、面談する産業医に“人を見る目”が必要です。この“目”を養うには、ある程度の人生経験が必要です。