仕事を任せても、なかなか思うように動かない部下はどうしたら良いのだろうか。産業医の川村孝さんは「部下に仕事をしてもらうのが上司の職務。どうしても出来が悪いところに目が行きがちだが、多少なりともよかった点を(探してでも)述べることが重要だ」という――。

※本稿は、川村 孝『職場のメンタルヘルス・マネジメント 産業医が教える考え方と実践』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

会議室で談笑中のチーム
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上司が部下に取るべき態度

職場でときおり問題となる上司がいます。相談に乗ってくれない(問題が共有できない)、怒鳴り散らす(恐怖心をあおるだけ)、部下に責任を押しつける(自分の間違いを認めない)、などです。これでは人心が離反して業務が進みません。

「部下に仕事をしてもらう」のが上司の職務なので、業務を進めるために必要ないくつかの態度があります。列記してみましょう。

1.笑顔で接する

第一は、「笑顔で接する」です。一般に、笑顔で指導した方が部下はやる気が起きるでしょう。笑いで脳機能が向上することも知られています(免疫も賦活されます)。

無理をしてでも笑顔を作ります。少なくとも、怒りや不機嫌を表に出してはいけません。

ある落語家曰く、「面白かったら笑ってください。面白くなくても笑って下さい。笑っているうちに面白くなりますから……」。

これも一面の真理です。講演や授業で冒頭に「昨夜アメリカから帰ったばかりで、今日は時差ぼけのために頭がぼんやりしているので、間違ったことを言うかもしれません」などと言い訳する人がいますが、こう言われるとその話を聞く気が削がれます。

少々寝不足であろうと、「今日は皆さんのために資料を調べ尽くし、しっかりと準備してきました!」と言った方が聴衆も前向きになれます。

聴衆が乗れば、話す側にも勢いが出ます。そう、講演や授業は話し手と聞き手の共同作業なのです。

日常の仕事も上司と部下の共同作業になります。自分を乗せ、部下も乗せるために笑顔は大事です。

2.話をよく聞く

第二は、「部下の話をよく聞く」です。問題が起きたときに報告や相談を受けるのは当然ですが、定期的に部下との面談時間を設けるのが基本です(大学の教員は、毎週決まった時間帯に学生の来訪を受け入れる「オフィスアワー」を設けるようにしています)。

その面談で部下が抱えている課題を共有します。

話を聞くときは、要点を復唱しながら受容的に聞きます(「フムフム、君はこれこれのことで苦労しているんだね」という調子)。

しかし、現実にありえないことや特定の人に対する批判は肯定も否定もしません。

現実にありえないこと(「誰かがスマホで自分を操作している」など)の話になったら、「へえ〜、不思議ですねえ」と返します。

人に対する批判は、批判内容ではなく、「君は○○君との関係で悩んでいるんだね」など、困り感情だけ肯定します。

批判内容に同意すると、「課長もそう言ってたよ」と尾ひれがついて出回りますし、否定すれば「課長は○○さんをひいきしている」と敵視されかねません。

3.「よくできた点」と「改善を要する点」の両方を伝える

第三は、「よくできた点」と「改善を要する点」の両方を述べることです。どうしても出来が悪いところに目が行きがちですが、多少なりともよかった点を(探してでも)述べることが重要です。

よい結果が出ていなかったら途中の経過を褒める、経過も不十分であれば意欲だけでも褒める(医療の質の評価にstructure[体制]、process[経過]、outcome[結果]の三つの要素[quality indicators]が用いられます)、意欲もなかったら「これからの君に期待しているよ」と述べる、です。

山本五十六の名言、「やってみせ、言って聞かせてさせてみせ、褒めてやらねば人は動かじ」の通りなのです。

褒めるのは「○○もおだてりゃ木に登る」からではありません。人間はもともと“承認”を求めるものだからです。

マズローの欲求五段階説では、土台から順に「生理的欲求」「安全の欲求」「所属と愛の欲求」があり、その上位が「承認の欲求」となっています。

そして最上位に「自己実現の欲求」が来ます。

承認されることは社会に生きる人間としてはとても重要なことなのです。

かといって、歯が浮くようなお世辞を言っても通用しません。意欲をかき立てるには的を射た褒め方をしなければなりませんが、そのためには、ふだんから部下をよく観察して行動の本質を捉えておく必要があります。

オフィスでミーティング中
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即アウトになる言い方

問題点の指摘の仕方にも注意を要します。「〜はダメだ」と言うより「〜が次の課題だね」とか「次はこうしてみては?」という言い方がよいでしょう。

「おまえは新入社員以下だ」「おまえなんか、いない方がマシだ」など人格を否定するような言葉は、ハラスメントになって即アウトです。

反対に、よくできた場合であっても褒めるだけではいけません。

ちょっとできると有頂天になる部下もいます。もともと鼻っ柱の強い部下もいます。さらによくなるためにこれからの課題を告げることが必要です。つまり、指導者たるもの、できる部下にはできるなりに、できない部下にはできないなりに、今までの努力を認めつつこれからの課題を伝えなければなりません。

4.急かしたいときほど言葉選びを慎重に

部下の仕事の進み方が遅いとき、「急げ」とか「早くしろ」と言ってしまいがちですが、これでよい結果が得られるでしょうか。

うっかり忘れていたときなどはそれほど害はないでしょうが、それでも「すぐに始めてくれ」という言葉の方がよいでしょう。

現にその作業に取り組んでいるのに「急げ」とか「早くしろ」と言われると、(まじめな人ほど)焦ってかえってミスが出やすくなります。

だからちょっと我慢して、「手堅くやってくれ」「こういうときこそ一つ一つ確実に進めよう」と声をかけた方がよいと思います。

このあたりも、上司は感じたままに言葉にするのではなく、結果がよくなるよう表現を工夫しなくてはなりません。

締め切りが迫っていて緊迫感のあるイメージ
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5.部下の仕事のゴールを設定する

第五は「ゴールを設定する」です。ゴールには「最終到達点」と「当面の目標」があります。最終到達点はプロジェクト全体の仕上がりの像でしょう。当面の目標は今日行う仕事の到達点でもよいし、一週間程度のひとまとまりの仕事の仕上がりでも構いません。関係するスタッフ全体、あるいは個々のメンバーに対して、「いつまでに」「何を」を示します。

人間、ゴールが見えれば頑張れるものです。だから、ちょっと頑張れば到達できるところにゴールを設定します。ゴールを示さなかったり到達できそうもない理想像だけ示したりしても、やる気は起きません。達成感がないままダラダラと続けるのは最悪です。

個々のゴールに着いたら必ず一休みします。

ちょっとしたゴールであればティーブレイクをとる。大きなゴールであれば休養日を入れる。ゴールしたとたん「さあ次!」では、やはりくたびれ感だけが残ります。

ねぎらいの言葉をかけ、気分転換できる時間と雰囲気をつくります。詳細な工程表が一里塚になることもありますが、机上で立てたプラン通りには進まないことも多いし、連日遅れが出るとかえってやる気が削がれるので、作り方や使い方には注意を要します。

6.元気か? 疲れていないか? と部下を“診る”

第六は「人を診る」です。別の言葉で言えば「ラインケア」です。部下は元気か、疲れていないか、を診ます。

川村 孝『職場のメンタルヘルス・マネジメント 産業医が教える考え方と実践』(ちくま新書)
川村 孝『職場のメンタルヘルス・マネジメント 産業医が教える考え方と実践』(ちくま新書)

疲労の色が濃い場合は、休養や受診を勧奨します(これも安全配慮義務)。

無理をしても出力は低いでしょうし、万一倒れられたら大きな穴が開いてしまいます。

限界まで追い込まないことが大切です。このとき大事なのは、「キャパシティは人によって異なる」ということです。

「前任者はちゃんとやれたのに、どうしてこいつはやれないんだ」と思うこともあるでしょうが、能力は人それぞれです。

その人の問題というより、人の配置の仕方の問題でしょう。

また、「以前は積極的にやっていたのに近頃はパフォーマンスが落ちているようだ」と感ずることがあるかもしれません。

年齢の問題、業務内容の向き不向き、責任と待遇の不均衡、同僚との関係など、職場において抱えている問題もあるでしょうし、家庭の問題(特に子どものこと、親のこと)が気になっているかもしれません。

プライバシー領域には立ち入りにくいのですが、無理のない範囲で聞き取る必要があります。

上司も自分の手には負えないと思ったら、もう一つ上の上司や産業医に相談してください。

7.“オレ流”を押しつけない

第七は、「“オレ流”を押しつけない」です。今の若者は育ち方が違います。小さい頃からスマホがあり、コミュニケーションのとり方が年配者とは大きく異なっています。

年長者に対するため口も多く聞かれます。

しかし、「近頃の若いやつは……」と言っても始まらないし、そういう自分だってかつて年長の人にそう言われていたに違いありません。

ジェネレーション・ギャップは常に存在するのです(ICTの進歩でより大きくなっているかもしれません)。

世代の問題を除いても、人は一人ひとり違います。得意なことや苦手なことも異なります。それは個性です。

だから会社や社会の共通ルールは教え、一部はそれを強制しますが、ゴールに至る道筋は人によって多少異なってもよいのです。

だから自分のやり方や考え方を押しつけない。

人を変えるのは大変なので、自分が変わった方が楽です。

管理者の役割

管理職としては、部下の特性や能力に合わせて仕事を振ることが重要です。

強みが発揮できるように担当を割り振るのです。

能力の低い部下に“普通”を求めてはいけません(処理できる範囲の仕事を命ずる)。

それによって生じた不均衡は給与で調節します。

部下の特性を見抜くことこそ管理者の真髄なのです。