※本稿は、宮口幸治、神島裕子『逆境に克つ力 親ガチャを乗り越える哲学』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
モデルケース3、成績優秀なのに大学に進めない高1のユカ
ユカは高校1年生で公立高校に通っています。タケシとツトムとはいとこに当たります。通っている学校は進学校ではありませんが、大学に進学しない生徒はごく少数派です。ユカには、「進学にかかわる悩み」がつきまとっています。
小学生のときは勉強ができて、クラスでも一番目か二番目の成績でした。両親ともに公立出身でしたし、ユカの成績や進路には関心がなかったので、私立中学に行くという選択肢はありませんでした。高校受験のときにも、親からなんのアドバイスもありませんでしたが、ユカは親にお金の迷惑をかけまいと、絶対に合格できる偏差値の公立の高校を受験しました。
「科捜研の女になりたい」という夢を親は取り合ってくれない
結局、ユカは妥協して選んだ公立の高校に通い始めました。同級生たちはあまり向学心のない子がほとんどで、ユカが教室で勉強していると、からかわれることも多く、学校では居場所のなさを感じています。ストレスでついお菓子を食べてしまいますが、乳製品アレルギーのため、食べられるお菓子の種類は限られています。これもまたストレスです。
それでも、小学校のときから見ているドラマで主人公が勤めている科学捜査研究所に憧れていて、そのためには大学に行く必要があると思っています。大学受験のために勉強をしたいのですが、どんな大学に行けばよいかも、実はよく分かっていません。塾に行きたいと両親に相談したこともありますが、「女の子なんだから大学は行かなくていいんじゃない?」などと、真剣に取り合ってもらえません。
それどころか、特に母親はユカが勉強をしていると、おもしろくなさそうな顔をしています。ユカは、家にお金の余裕がないことは分かっています。でも奨学金を借りたり、アルバイトをしたりすれば、なんとかなるんじゃないかとも思っています。学校で進路相談が始まるまで、ひとまず待つつもりです。
子どもの教育や職業に関して両親にジェンダー差別がある
<解説>
ユカは自分の「好き」をもっています。科捜研に入るのが夢です。そして芯の強い子です。そのため、高校で居場所のなさを感じていても、また同級生から嫌味を言われても、へこたれずにがんばっています。そんなユカですから、ハズレガチャの影響は受けにくそうに見えますが、アタリガチャとも言えなそうです。では、どこがハズレガチャなのでしょうか。
まず、家にお金の余裕がないこと。これはタケシとツトムのケースもそうです。ただし、しっかり者のユカは、経済問題はクリアーできそうです。大学に行くためには、がまんも努力もできます。ですが、もし母親がユカの大学進学を妨害してきたら、どうなるでしょうか。ユカの親戚には、どうやら女子で大学に進学した人はいないようです。
また、パート以外の仕事をしているお母さんたちもほとんどいません。その理由はユカには分かりません。母親に聞いても、「そういうものだから」という返答しかもらえないからです。もし両親がユカに、「大学に進学するなら勘当する」と言ってきたら、ユカはどうするでしょうか……。
このケースでは、子どもの教育や職業に関して両親にジェンダー差別がある点が、ハズレガチャに相当します。
ケース4、リア充からほど遠い大学生活を送っているカズシゲ
カズシゲはユカの兄です。地元の私立大学に通っています。現在3年生で就職活動をしていますが、まだ内定をどこの企業からももらえていません。カズシゲは自分の通う大学が好きではありません。そもそも大学に行く気はなかったし、大学に行ってほしいという両親の期待に応えましたが、自分で希望した大学には不合格でした。第2、第3希望の学校も不合格だったので浪人して再チャレンジしたかったのですが、親からは「そんな金はない」という空気を感じました。結局、練習のつもりで受験した大学に入学しました。
そんなわけで、入学後も授業に出席するのは最低限の科目だけです。単位も十分に取れていません。カズシゲには特に就きたい職業や入りたい企業があるわけではありません。行きたかった大学も、カッコよさそうで、そこに行けばモテるかもという漠然とした考えがあったくらいです。現在までカズシゲには彼女はなく、親友と呼べる友達もいません。勧誘されたサークルに入りましたが、サークル活動に顔を出す機会も減っていきました。
コミュニケーションが苦手なカズシゲにとって、就活は苦痛です。面接で何回か落とされました。将来のことを考えると、漠然とした不安感に襲われます。眠れない夜に家の冷蔵庫から持ち出した缶酎ハイを飲みながら、脳裏に浮かぶのはネガティブなことばかりです。
親が高卒で働くことを許してくれなかったハズレガチャ
<解説>
カズシゲは、そもそも大学に行くつもりはありませんでした。真面目な性格で勤勉でしたが、特に勉強が好きではなく、これといった夢や目標もなかったので、高卒後は地元の中小企業で地道に働きながら、早めに自分の家族を作って、人生を満喫して、安定した老後を迎えたいと思っていました。
しかし、ユカと同様に親思いのカズシゲは、「大学に行ってほしい」という親の期待を無視することができませんでした。仕方なく入学した大学では、当然ながらやる気も出ず、気がつけば就活です。行くつもりがなかった大学に行かされたことを、カズシゲは生涯にわたって恨むことになるかもしれません。
もしカズシゲの両親が、「高卒で働きたいなら一度そうしてみなさい」と言ってくれていたら、カズシゲは少なくとも、たとえ社会人1年目がコロナ禍であっても、働く気力は保てたでしょう。親が子どもに進路を押しつけているところが、ハズレガチャに相当します。
ケース5、古い体質の地元が嫌で飛び出した万年係長のヒロシ
ヒロシはユカとカズシゲの父です。現在52歳で中小企業に勤めています。ヒロシは封建的な地域の三男として生まれましたが、「本家とか分家」で騒ぐ親戚や親兄弟が嫌でたまりませんでした。ヒロシの兄が継いだ家業を手伝えと言われたことに反発し、高校を出ると家を離れて就職することにしました。自分の生まれ育った地域社会が嫌いだったので、できるだけ遠くの都市部にある会社を探し、業界ではそこそこのポジションの今の会社に就職しました。
就職してからはガムシャラに働いて40歳のときに係長に昇進しましたが、陰で「万年係長」と呼ばれていることを知っています。ヒロシは自分が出世できない理由は、いまだに抜けない訛りと、何より高卒という学歴のせいだと思っています。給料は決して多くはなく、専業主婦の妻と子ども二人の生活は楽ではありません。15年前に購入した家のローンはまだあと20年残っています。
定年退職してから年金がもらえるまでには5年あるので再雇用してもらうことを考えていますが、嘱託の給料でローンを払っていけるか不安です。息子の就職活動は芳しくないようです。このまま息子が無職のまま家にいつき、自分が80歳になったときに50歳の息子を養っている姿を想像すると気が滅入ります。
封建的な親の価値観が嫌だったがその連鎖が自分の子にも
<解説>
親が子どもたちを等しく扱わないことは、実はよくあることです。ヒロシのケースでは封建的な地域ということですから、旧民法で定められた家制度、つまり戸主として家全体の支配権を有することになる長男とそれ以外のきょうだいの間には、親による扱いに雲泥の差があったと思います。大学に行かせてもらうなど、もっての外だったかもしれません。
そうしたいわば「身分制度」が嫌だったヒロシは、家を離れ、都会で就職しました。もしヒロシの両親が「本家とか分家」にこだわらない、きょうだいを平等に扱う人たちだったら、どうだったでしょうか。ヒロシは田舎に留まっていたかもしれませんし、都会に来ていたかもしれません。後者の場合でも、今と同じように学歴や訛り、子どもの教育費などで苦労していたかもしれません。ただし、自分の子どもたちを平等に扱っていた可能性があります。
ヒロシは自分が、自分の子どもたちを不平等に扱っていることを、下の子が女児だという理由で正当化してしまっているのかもしれません。封建的な親の価値観で将来が縛られたという点でハズレガチャで、その呪縛が、別の形で自分の子にも連鎖しそうになっているのです。