※本稿は、藤井薫『人事ガチャの秘密 配属・異動・昇進のからくり』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
同じ営業でも「転勤組」とそうでない人が
A:総合職は転勤が前提という会社でも、実際の転勤の有無や頻度は職種などによってバラつきがあります。営業職は頻繁に転勤がある一方で、技術職はほとんど転勤がないということが珍しくありません。そもそも拠点の数が違います。技術開発職などでは、事業ごとに見ると勤務する可能性がある事業所が1、2カ所しかなかったりします。
それに対して、営業職の場合は、全国各地に支店や営業所があったりします。それぞれの営業職が各地に深く根を下ろしていく方針の会社もありますが、さまざまな市場の経験を積んで「幅出し」するために転勤を重視する会社もあります。また、金融系を代表例として、昇進昇格すると、市場規模の大きい拠点に異動して責任権限が大きくなるというローテーションパターンの会社もあります。育成や昇進昇格を転勤に結びつけている会社では、転勤を断ることによる機会損失がないとは言えません。
転勤命令に対して交渉する人もいる
さて、あなたの問題意識は、技術職との比較ではなく、同じ営業職の中でも転勤する人としない人のバラつきが大きく不公平だというところにありそうです。確かに、転勤命令に対しては3割が拒否意向を持ち、無条件に従う人は4割を下回るという調査結果(一般社員層の異動配置調査WEBアンケート編)が出ています。ヒアリング調査でも、「実態として総合職の中で転勤する人は約1割。特定の人が繰り返し転勤する傾向がある」というコメントもあります。これは、転勤命令に対して交渉する人がそれなりにいて、機会損失のリスクを負う気であれば交渉成立の余地もあるということです。
実際に機会損失があるかどうかは、個別にしっかり確かめる必要があります。リスクが低いと判断できれば、転勤を断ることも選択肢のうちです。
「転勤不要」議論はあるが、必要と考える会社も
全体的には、転勤を取り巻く状況は変化しつつあります。新型コロナ対策でテレワークが広まり、どこでも仕事ができる、ひいては転勤も不要ではないかという議論が出てきています。しかし、もともと転勤が多い会社ほど今後も転勤が必要だと考える傾向があって、すべての会社が転勤をなくそう、減らそうとするわけではなさそうです。
一方で、ワークライフバランス重視の流れは明確です。会社は共働き、子供の教育、親の介護などをはじめとする個人事情への配慮を強めていく傾向です。総合職であっても、個人希望で転勤の有無を選択できる制度を導入する会社やテレワークを定着させる会社は増えていきそうです。
社内公募に手を挙げてみたい
A:異動が多い事業部と少ない事業部があるということは、各部門に人事権がある会社だということでしょう。人事部が主導権を持って一般社員層の全社横断的ローテーションを行うタイプの会社ではなさそうです。あなたの所属する事業部は「異動が少ない」ということは、きちんと自分の役割を果たしている人は、引き続き現在の仕事で貢献してほしいと考えている組織だと思われます。組織改編や昇進昇格などがなければ、今の部署での仕事を長く続ける可能性が高そうです。
あなたは入社10年目で、これまで他部門異動経験がないというわけですね。もちろん他部門異動経験がないとダメだということではありません。もし、これまでずっと同じ部署で働いていたとしたら、少なくとも3年に一度くらい、すなわち、10年目なら新入社員の時から3段階ほどグッとレベルが上がったという成長実感があるでしょうか? そうであれば、これまでのところはまずまずです。
しかし、成長実感が1段階や2段階くらいだという場合は、少々問題かもしれません。また、3段階の成長実感がある場合でも、今後も同じように成長実感を得られそうかどうかを客観的に検討してみる必要がありそうです。
30代前半は微妙な年齢
さて、あなたがまったく新しい仕事に挑戦したいのだとすると、30代前半というのは微妙な年齢です。まだ「若手」と言っても通用するでしょうが、とはいえ社会人10年選手です。転職しようとする場合は、採用する会社側からすると、第2新卒のように白紙に近い状態からいろいろと教育していくというよりは、やはりすでにそれなりの専門能力を身に付けていることを期待するはずです。もう文字通り、キャリア採用の対象です。つまり、30歳前後での転職は、大なり小なりこれまでの職種を引きずるかたちになり、今後もその職種の人と見なされる可能性が高いということです。
一方、社内異動には転職にはないメリットがあります。社内異動であるがゆえに、何歳であっても、これまでまったく経験がない異分野の仕事に異動する可能性もあるということです。そして、社内異動ですから未経験の仕事だからといって、給与処遇が下がるわけでもありません。
社内公募やフリーエージェント制度があるのであれば、新しい仕事へのチャレンジとして手を挙げてみるのはよいことです。自分のキャリアの幅を広げること、積み上げることに役立ちそうなことは、何であれ積極的に活用することをお勧めします。とくに社内公募やフリーエージェント制度への応募は、ほぼノーリスクです。使わない手はありません。
数倍規模の同業他社と合併したら
A:M&Aやグループ再編に伴って合併したりされたりすることは、今日ではよくある話です。合併には新設合併と吸収合併がありますが、新設合併は手続きが煩雑なので、たいていは吸収合併です。存続会社がもう一方の会社を吸収し、吸収される側は消滅会社になります。あなたの場合、相手先の会社は数倍の規模ということですから、おそらく、先方を存続会社として吸収合併されるということでしょう。
では、吸収されると、人事面はどうなるかです。まずは財務面の統合が優先されるので、合併直後はとりあえず社名が変わるくらいで、あまり大きな変化を感じないかもしれません。同業との合併といっても、しばらくは合併前のそれぞれの会社の組織や仕事のやり方、人事制度がそのまま併存する1国2制度の期間があったりします。しかし、ずっとそのままでは合併で期待する効果を得られないので、1国2制度は「しばらく」の間だけです。
法的に合併が整うと、M&A後の経営統合プロセス(PMI、Post-Merger Integration)が始まります。ある面、合併の本番はここからです。
組織や人事の統合でメンバーもシャッフル
今の会社と合併先では、人事制度も給与水準も異なると思います。合併を機に合併先の会社が人事諸制度を見直すこともありますが、数倍の規模差があるのであれば、今の会社の人事制度を合併先の人事制度に合わせて読み替えるかたちになりそうです。
そして、人事制度が統合されると、次は組織や人事の統合です。同業なのでサービスや顧客が重複する部分があるでしょうから、たいていは何らかの組織改編があるはずです。それに伴ってメンバーもそれなりにシャッフルされることになります。今まで管理職だった人がそうでなくなったり、合併先の会社の人が直属上司になったりということが起こります。
たとえば、業界トップのA社が業界10位のB社を吸収合併したとします。おそらくは、A社のほうが給与水準も高いでしょうし、新卒の就職難易度もA社のほうが上でしょう。B社の中には、新卒時にA社の採用試験に受からずにB社に入社したという人も多いかもしれません。
淘汰されるリスク、キャリアを拓く絶好の機会
誤解を恐れずに言えば、この状況はB社の管理職クラスの人にとっては淘汰されるリスクと隣り合わせですが、伸びしろが大きい若手にとっては決して悪い話ではありません。キャリアを拓く絶好の機会だとも言えます。もちろん、結果は本人次第です。
合併先の他事業への異動有無については、すくなくとも合併からしばらくの間はこれまでの事業での貢献を期待されていると思います。もちろん、合併後は合併先の会社の社員なので、基本的に異動配置も合併先の制度や方針に則って、合併先の社員と同じように扱われるはずです。他事業部への社内公募などがあれば応募できるでしょう。