人事異動の時期は、なぜ会社によって違うのか。パーソル総合研究所、上席主任研究員の藤井薫さんは「人事異動が行われる時期は、だいたい年度初めだけだという会社、毎月ある会社に分かれるが、実はそこに重大なヒミツが隠されている」という――。(第1回/全5回)

※本稿は、藤井薫『人事ガチャの秘密 配属・異動・昇進のからくり』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

転勤辞令
写真=iStock.com/Yusuke Ide
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定期異動か随時異動か

御社では、いつ人事異動がありますか? 「だいたい4月だけだよ」という会社もあれば、「毎月ある」という会社もあります。「それがどうしたの?」と思われるかもしれませんが、実はそこに重大なヒミツが隠されているのです。あなたの会社の基本的な人事異動の考え方がわかると言ってもよいくらいです。

人事異動の実施時期を見ると(図表1)、年1回ないし半年に1回、毎年決まった時期にほとんどの異動を行う「定期異動型」の会社と、期首に限らず必要に応じて毎月異動を行う「随時異動型」の会社に分かれます。全体では両者はほぼ同数。製造業では随時異動型のほうがやや多い状況です。そういえば、各部門が人事異動案を作る会社も、製造業のほうが多かったですね。

【図表1】人事異動は決まった時期に行われるか?
藤井薫『人事ガチャの秘密 配属・異動・昇進のからくり』(中公新書ラクレ)より

定期異動と随時異動の違いは、実施時期だけではありません。異動ニーズが異なります。異動ニーズを2つに分けて考えてみましょう(図表2)。ひとつは、組織改編や欠員に対応するための「ポジション起点」の異動です。もうひとつは、社員の能力開発や個人事情に対応するための「人材起点」の異動です。

【図表2】定期異動・随時異動別に見た異動ニーズ
藤井薫『人事ガチャの秘密 配属・異動・昇進のからくり』(中公新書ラクレ)より

ポストを埋めるための異動

どの会社にも組織の改編があります。組織は戦略に従うと言われるように、経営計画の開始時期、すなわち毎事業年度の期首には何らかの組織改編があることが多く、新しい組織ができたり、組み替えられたり、廃止されたりするので、それに伴って人事異動が行われます。

また、組織が変わらなくても、繁閑状況などに応じて組織定員が見直されたりします。これが「ポジション起点」の異動配置の典型です。

半期ごとに計画を見直すことも多いので、3月決算の会社ではたいてい4月と10月に定期異動があるわけです。退職や異動で転出した人の穴を埋める欠員補充も典型的なポジション起点の異動であり、定年退職対応もその一種です。定年が誕生月でなく期末付けという会社もあるので、定年退職対応も定期異動時に行われたりします。

育成目的の異動がしやすい定期異動

定期異動時のニーズはポジション起点のものばかりではありません。4月と言えば新入社員が入ってきます。昇進・昇格を新年度の4月1日付で行う会社も多いでしょう。これらの人たちの配置も考える必要があります。これらはポジション起点と言うよりは、「人材起点」の異動配置です。新入社員や昇進・昇格者をどこに配置すべきかを考える異動配置だからです。

人材起点の異動配置は、新入社員や昇進・昇格のような人事イベントがらみのものだけではありません。皆さんの関心が高い、能力開発目的の人事異動も人材起点です。キャリア形成のために計画的に次の経験を積んでもらおうというような異動は、いつ機会があるかわからない随時異動で行うことは難しいかもしれません。定期異動を軸に行うほうが確実です。

人事部が強い会社に多い「定期異動型」

定期異動は、ポジション起点の異動と人材起点の異動の両方を組み合わせて行われるものです。皆さんも「玉突き人事」という言葉を聞いたことがあると思います。玉突き人事とは、あるポジションにAさんを異動させて、AさんのポジションにBさんを異動させて、BさんのポジションにCさんを異動させて……という具合に、異動を連鎖させるやり方です。「トレイン人事」と呼ぶこともあります。

もしかすると玉突き人事には、AさんのためにBさん、Cさんも巻き添えになって本意ではない異動をさせられる、まさにビリヤードのように順繰りに押し出されてしまうというネガティブなイメージを持つ人が多いのかもしれません。しかし、部長になったA課長の後継者としてB係長を課長に、そしてB係長のポジションにCさんをという昇進の連鎖もまた、典型的な玉突き人事です。

現実の人事異動ではたいてい要員確保・要員適正化のポジションニーズが最優先です。純粋なキャリア開発・能力開発目的の異動は後回しになりがちですが、定期異動時の玉突き人事では、同時に大勢の人が異動するので育成要素を組み合わせる余地が大きくなります。昇進の連鎖のようなわかりやすいかたちでないとしても、仕事のステップアップの連鎖、能力開発機会の連鎖をどうやって作り出すか、これぞ異動配置担当者の腕の見せどころだと言えます。

大手企業の玉突き人事は、まるで巨大なパズルのように多くの要素が複雑に絡み合っています。毎年の人事異動案の策定に数カ月かかる企業も珍しくありません。余談ですが、あるAI企業は人事異動案をAIで策定するソフトウェアを開発していました。ちなみに、そのソフト開発には数学オリンピックの某国代表の方が参画していました。もちろん、AIで効率的に人事異動案を組めたとしても、すべてそのまま会社指示で実行できるというわけではなく、現実にはその後工程として数段階もの調整が必要だったりします。

定期異動型は、比較的人事部の人事権が強い会社に多いタイプで、能力開発要素を計画的に織り込みやすいやり方なのです。

「場当たり的な人事」のからくり

一方、随時異動型は五月雨さみだれ式に毎月人事異動があり、社員から「うちの会社の人事は場当たり的だ」と見られがちです。全体の半数、製造業では6割がこのタイプです。この随時異動型の会社は、少し格好良くいうと、VUCAブーカ(先行き不透明で予測困難)の時代なので、人事においてもアジリティを重視するという考え方なのです。

藤井薫『人事ガチャの秘密 配属・異動・昇進のからくり』(中公新書ラクレ)
藤井薫『人事ガチャの秘密 配属・異動・昇進のからくり』(中公新書ラクレ)

期首に限らず毎月多くの人事異動がある会社の場合、その人事異動ニーズはどのようなものでしょうか? そもそもなぜ毎月人事異動があるのかを考えてみましょう。「期中に組織改編があった」「期中にプロジェクトを行うことになった」「期中に退職者の欠員補充が必要になった」……いずれも、最初に「期中に」という言葉がつきます。中には、期中のどこかのタイミングで実施すべく、期首から計画していたというものもあるでしょう。

たとえば、期中の8月に新拠点を開設することが決まっていたが、人事異動発令は期首の4月ではなく7月に行うなどの場合です。

しかし、期首には想定していなかった組織改編やプロジェクト、欠員補充などに迅速に対応するために行う人事異動も相当数ありそうです。これらはいずれも、事業部門側のニーズによるポジション起点の異動です。人事部としては事業部門側に対して、それらは本当に期首には想定できないものばかりだったのか、もう少し計画的にできないのかと言いたいところだろうと思います。しかし、「事業推進上どうしても必要だ」と言われてしまうと、なかなか断り切れないのが人事部です。

「迅速に」実施するか「計画的に」行うか

ここで少し、事業部門側を擁護しておきます。どの会社も、どうしてもその時期にやるしかないという人事異動は、定期異動月でなくても実施します。対応が分かれるのは、緊急度がそこまでではない場合の人事異動です。

たとえば、何らかの環境変化に対応するための異動配置を期中の10月に思いついたとします。そこで、次の期首である4月を待って「計画的に」人事異動を行おうとするか、それとも、早いほうがよいという考え方で翌月の11月に「迅速に」実施しようとするかの違いです。

もちろん、個々の案件の重要度、緊急度の程度によりますが、それでも、基本的に期首に人事異動を行おうとする定期異動型の会社と、できるだけ早く実施しようとする随時異動型の会社に分かれます。

つまり、随時異動型の会社は、事業環境変化に迅速に対応すること(アジリティ)を重視する会社だということなのです。定期異動型には人事部の人事権が強い会社が多く、随時異動型には各部門の人事権が強い会社が多い理由です。製造業に比較的、随時異動型が多いのも人事権との関係でしょう。

随時異動型は、自分でキャリアを切り拓くスタンスが必要

随時異動での異動ニーズは、ほぼすべてが事業要請に基づくポジション起点のものだといってよさそうです。中には、親の介護のために実家近くの事業所に転勤を希望している人のポジションを探すというような、個人事情による人材起点の異動があったりもしますが、全体からすると少数の例外です。

さて、自社が定期異動型か随時異動型かは、すぐにわかるはずです。両者の違いは経営の考え方の違いであって一概に随時異動型が場当たり的だとは言えませんが、異動タイミングを想定しづらい分、計画的な人材育成という面では定期異動型よりも工夫が必要であることは確かです。自社が随時異動型の場合は、人事部にあなたの中長期キャリアプランを目配りしてもらえる可能性は、残念ながら定期異動型よりは低めだと考えたほうがいいかもしれません。定期異動型の場合以上に、自分でキャリアを切り拓いていくというスタンスが必要です。