※本稿は、木下明子『図解!ダイバーシティの教科書』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
「アンコンシャス・バイアス」が女性の昇進を阻む
「女性のほとんどは、実は専業主婦になりたいのではないか」「ライフイベント中の女性に責任ある仕事を任せるのは気が引ける」「昇進したがるのは、脳が男性的な女性だけ」……こんなことを言う人は、まだまだ日本社会で少なくない。優秀でやる気もあるのに、上司や同僚にこういったことを言われた女性が、仕事へのモチベーションや自信を失ったり、離職につながったりしてしまったケースは、私が知るだけでも枚挙にいとまがありません。
これらは、いわゆるアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)による言動です。もちろん男性から女性に対してだけではありません。「男たるもの一家の大黒柱として家計を担うべき」「男は上を目指して当たり前」「若手は下積み的な仕事に徹するべき」といった言動も同じです。
誰もがバイアスをもっている
「バイアス」というと、日本語では「偏見」ですから、それ自体を悪のようにとらえて直視するのを避けようとする方がいますが、それは違います。私の中にも、誰の中にもアンコンシャス・バイアスはあります。一番危ないのは「私は一切バイアスなどない」という方だと思います(そんな方この世にいないですから)。
大切なのは、自分の中のバイアスを完全に消そうとするのではなく、まずは気づくことから。気づいたら、特に職場にいる間は、言動に出さないように意識的に気をつけること。これだけでも職場に及ぼす負の影響は劇的に変わります。悪意なしに相手を深く傷つけたり、仕事のモチベーションを下げたりすることが減っていくはずです。
これからの時代を担い、多様な人材をマネジメントするインクルーシブリーダーになるには、誰に対しても科学的根拠なきバイアスを向けることを意図的に避けることが、ご自身を守り、スムーズに部下をマネジメントすることにつながるのです。
心理的安全性の確保が必須
もう一つ、ダイバーシティ組織に必須の要素は心理的安全性といわれています。心理的安全性とは、ハーバード・ビジネススクール教授で、組織心理学の研究者であるエイミー・C・エドモンドソン氏が1999年に提唱した概念で、大まかに言えば「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」のことです。
エドモンドソン氏は、著書の中で次のように述べています。
意見を言ったら、何かにつけて否定的な態度をとられたり、攻撃されたりする。序列が最優先で、上司が黒い犬を見て「白」と言ったら、部下はそれに従わないといけない空気が流れていたり、会議で話す順番などもあらかじめ決められていて、異質な意見は排除されたり、何かと牽制されたりする。こういった組織では、特に女性をはじめとしたマイノリティたちは委縮するばかりで、不安は蔓延し、誰もが安心して力を発揮する組織にはなりません。
パワハラのある職場から女性は去っていく
結果、どれだけ多様な人材がいたとしても、イノベーションの妨げになるどころか、大きな事故につながりかねないミスを指摘する人間もいなくなる。多様な人材をマネジメントするということは、組織の中に多様な価値観が存在するということですから、自分の価値観や旧来の常識とは異なる意見が出るのは当たり前です。
インクルーシブリーダーを目指す方は、ここを、部下とのコミュニケーションにおいて、特に念頭において心掛けていってほしいと思います。この意味でも、いかに部下のためを思った言動であれ、パワハラは絶対に撲滅しなくてはなりません。特に女性は体力的に優っている男性に強く攻撃されると、委縮しがちです。
自分自身がターゲットにならなくても、身近な男性上司が、その上の上司に怒鳴られているのを見て「あそこにいったら、次は私の番なのだ」と想像し、優秀な人でも昇進意欲がなくなることは本当に多いのです。怒鳴ったり、きつい言い方をしたりする上司が、同じフロアに一人でもいると、自分がターゲットになっていなくても、それを見た女性の異動希望者や離職者が激増したなどという話は数えるときりがありません。
女性の多い組織を崩壊に追い込む上司
パワハラ以外で、女性の心理的安全性を決定的に損なう行為は、仕事の丸投げと失敗後の放置です。ほとんどまともに指導をせずに、「若くてもお前に任せるから、結果だけ持ってこい。できたらほめるし、失敗したときは叱る」という上司がいます。
この手の上司にもおおむね悪気はないんですね。自分があれこれ言われるのもいやだったし、若くても部下を信用して一度任せたら余計な口を出したくない。ただこれは、特に女性が多い組織においては、組織崩壊に直結します。特に入社してすぐの頃や若いうちは、社会や組織のこともわかりませんし、日本の女性は、男性に比べて「言われる前に気づかいをしろ」「空気を読め」などと言われて育っていることが多いはずです。
特に、心理的安全性を高める努力をしていない組織ほど、女性は「こんなことを聞いたら怒られるかも」「言葉の裏を読まないといけないのかな」などと思いがちです。また上司がムスッとしていたり、笑顔がなかったりしたら、それだけで自分が何かして機嫌を損ねたのかと思ってしまう方も多いです。特に若いうちは、上司から「どうだった?」「できているかな?」などと、こまめに途中経過について声がけしてほしいものです。声がけしてもらえない、というのは無視、すなわちいじめと同じだと言う人もいます。女子高のいじめは無視だ、などとよく言われますが(女子高に行ったことがない私が言うのもなんですが)、仕事の丸投げや失敗後の放置は、まさにこれと同じではないかと私は思います。
「つらそうなときは放置」で最悪の事態へ
上司が話しかけないので自己流でやって、どんどん上司の期待とずれていき、結果を持っていったら怒られる。それでも「どこが悪いか自分で考えろ」的な空気になって、同じことの繰り返し。失敗しても、この手の上司は「つらそうなときは少し放っておけば回復するだろう」などと思って、部下が自力で起き上がるのを待っている。そのうち部下は坂を転がり落ちるように自信も成績も落ちていき、最悪、退社や転職を考えるようになってしまいます。
いまだに「教育機関じゃないんだから、仕事は盗むべきだ」などと言う昭和上司がいます。もちろん仕事によっては、言葉では説明しにくい「匠の技」のような部分があるかもしれません。そこは盗んでもらうとして、それ以外については、きっちり言葉で指導することが必須です。部下の能力を評価するのは、それからです。丁寧に教えても、その通りにやらなかったり、できなかったりすれば、そのときに判断すればよいのです。
忙しいときに声をかけられたら
普通にパソコンに向かっている上司に、こちらから声をかけたら「今、俺が忙しいのがわからないのか、空気を読め」などと怒鳴る人も少し前はいたと思いますが、今は女性部下相手でなくても、こんなことをやったら上司終了です。
私も、こういう方には用件のみで二度と話しかけてやるか、と心の中で神に誓います。それこそ、こんな上司には何の本音も真実も、大事故につながるような重大ミスの報告も入ってこなくなるでしょう。
声をかけられて忙しいときは、笑顔で「ちょっと今、手が離せないから、1時間後でいいかな」「明日の午前中じゃダメかな?」などと、状況を正確に伝えて、他意がないことをはっきりさせなくてはいけません。そうでなければ、部下の心には「声をかけたら怒られた」ということだけが強く残ってしまいます。多様な人材と多様な働き方や価値観があふれる組織の中で、組織が向かう方向を常に示しながら、部下の力を最大限に引き出すための積極的な声がけや指導ができないのであれば、そもそも令和時代のリーダーには向いていないのではないでしょうか。
上司も弱みを見せていい
とはいえ、心身ともに疲れていて、いつもと同じように対応できないときはありますよね。常に体のどこかがだるく、精神的にもどちらかというとどころか、かなり神経質で(事実です)、全然打たれ強くない私なんて、そんなことはしょっちゅうです。
では、そんなときはどうするか。私は顔に出すだけではなく、正直に「今日は体調が悪い」「ちょっと疲れてるのですみません」と口に出すことにしています。そうすれば、部下も「今日は疲れてるんだな」と、自分のせいではないとわかるのではないかと思います。