女性活躍推進によって、自分のポジションが脅かされていることに危機感をもつ男性が増えている。彼らの不安と不満を払拭し、組織にネガティブな影響が及ばないようにする手立てはないか――。

※本稿は、木下明子『図解!ダイバーシティの教科書』(プレジデント社)を再編集したものです。

女性のグループ
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「女性活躍なんて大企業だけ」の大間違い

上場していない企業や中小企業では「女性活躍なんて外圧で数値目標を持たされて、経営的にも余裕ある大企業だけだから」、まだ平気でこんなことを言う男性がいます。これこそが女性活躍の意味を理解できておらず、勘違いしている人の発言そのものですし、現実はむしろ逆だと感じています。

3年ほど前、中小企業の経営者に向けて女性活躍の講演をしたことがありました。コロナ禍の行動制限が始まる前で、参加者はおおむね男性でしたが、皆さん本当に熱心でした。

「3歳児神話(3歳までは子供は母親が育てたほうがよいという説で、科学的根拠はないとされている)を信じている、子持ち女性のモチベーションを上げるにはどうしたらいいでしょうか」「フルリモートで雇っている方の中で、管理職になってほしい女性がいます。優秀ですが、家庭第一であまり気が進まない様子です。どう説得したらいいでしょうか?」といった質問もたくさん出て、私のほうがびっくりしたくらいです(ダイバーシティ関連のイベントでは、男性参加者からは、あまり質問が出ないことも多いのです)。参考書籍などを紹介すると、すぐメモを取ったり、その場でネット注文したりしていました。

中小企業の経営者のほうが女性に注目している

日本は、いまだに大企業志向の人が少なくありません。知名度が乏しい、好条件を提示できない中小企業は、どうしても大企業のように優秀な男性を採用しにくい傾向があります。となると、女性に注目がいくのです。特に今の40代以上で、ライフイベントによっていったん社会を離れた女性たちの中に、優秀な人材が隠れていることをわかっているのは、むしろ中小企業の経営者たちだと思います。誰であろうと、入社してくれる優秀な人をしっかり活用しないと会社存亡の危機ですから、男だ女だなどと言っていられないわけです。

今、女性活躍の先進企業であるリクルートやオリックスなどは、まさに、その典型例といえます。今でこそ2社とも大企業ですが、いわゆるベンチャーとしてスタートした頃は、今よりもっと大企業志向が強かったであろう優秀な男性の採用が難しかったことでしょう。当時、男性と比べて就職が不利だった女性に目を向け、男女雇用機会均等法前から、女性を積極的に戦力化してきたと聞いています。

同じく先進企業のりそな銀行は、経営危機で国有化されたときに、家計を担う男性たちが次々に転職してしまい、残った女性たちを戦力化せざるを得なかったところから女性活躍がスタートしています。むしろ今どき、景気がいい時代に入社した「ろくに働かない中高年」を正社員だというだけで会社に置いておき、それなりの給料を払う余裕があるのは、それこそ大企業か、中小であっても、それなりに体力がある会社限定だといえますね。

リストラ予備軍の人ほど女性活躍に猛反対する

しかしながら体力ある大企業でも、働かない中高年を養う余裕は徐々になくなってきています。50代以上に早期退職を奨励している企業も珍しくありません。ひと昔前までは「大卒で正社員の男性」というだけで、日本流の年功序列と終身雇用制度の中で守られ、それこそ違法行為でも犯さない限り、ある程度までは昇進と給料が保証されていました。男性というだけで昇進できる時代は、とっくに終わっていますが、やはり入社時やひと昔前のデフォルト設定から抜け出せない方がいます。

コワーキングスペースで一息つくアジア人ビジネスマン
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自分は絶対にマイノリティにならないと思っていたのに、女性に昇進で抜かれるかもしれないし、それどころか突然、職を失うかもしれない。特に自信がない方や、昨今の社会の変化についていけないような方は、女性を筆頭としたマイノリティが上がっていくと、自分のポジションのパイが減るのではないかという危機感からダイバーシティに否定的な態度をとりがちです。

それだけならまだしも悪質な場合、ハラスメントなどに走って女性や若手をつぶそうとする方もいますので、そういった場合は会社として断固たる措置が必要になります。

今は男女問わず、能力が高い人ほど転職が容易な時代です。放置しておけば、女性だけでなく、優秀な若手もどんどん離職していくことでしょう。

クオーター制で昇進できなくなった「普通の男性」たち

最近は、昇進する際に、同程度の実力であれば女性を上げる。また昇進させる際に、一定の女性枠や女性限定のポジションを設ける企業も出てきました。その際に「仕事が全然できないリストラ候補というほどではなく、以前ならある程度までは昇進できた男性があぶれてしまう。これでいいのでしょうか」という懸念を持つ経営者や人事の方も出てきています。要するに、男性への差別にならないでしょうか、ということですが、これこそダイバーシティを妨げる「公平性を欠く」ケースの典型だと思います。

ちょっと考えてみてください。では、15年前、20年前の社内の女性たちはどうだったでしょうか? 「仕事が全然できない」どころか、そこそこ優秀でも多くの女性が昇進できず、子供を産んだだけで、涙をのんで退職に追い込まれた方だってたくさんいました。これを社内で女性差別だと言う方はどれぐらいいたでしょうか? それこそ昇進できたのはプライベートを犠牲にしても男性の2倍、3倍働き、抜きん出た能力のある女性か、女性でないと務まらないような部署のみ。正社員の男性は、それこそ多少できない人でも、ある程度までは自然に昇進していったはずです。

女性に下駄をはかせたのではなく男性の下駄を取っただけ

いまだに、女性だけに下駄をはかせていいのかという声がありますが、これはむしろ一定基準まで能力が達していない男性の下駄を取っただけなのです。

異なる階段の前に2人
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以前、『プレジデント ウーマン』で取材した女性外科医の方がおっしゃっていましたが、研修医の頃、先輩医師に「両乳房を切除して子宮を取ってから来い」と言われたそうです。今活躍しているキャリア女性たちの何割かは、こんなひどいことを言われながら働いてきたわけです。同じことを男性に要求したら、どう思いますか(もちろんする必要はありませんが)。

今、イノベーションを起こして業績を上げ、変化の時代に生き残りたい企業に必要なのは、「多様な視点や知見」を持つ人の力を生かし、決定権まで与えていくことです。ですから、昔だったら何とか上がれたくらいの男性が昇進できなくなっても、それは仕方ありません。この手のことを気にし続けていたら、ダイバーシティ経営は永遠に達成できないでしょう。

昇進がかなわなかった男性に必要な「居場所」と「肩書」

もちろん上がれなかった方にも、やりがいある仕事は必要です。今は昇進するより、専門職を突き詰めていきたい、自分らしい働き方をしたいといった方も増えていますので、そういった方々の居場所づくりも大切な施策になってきます。何らかの肩書があったほうが働きやすい風土であれば、実際は部下がいなくても、一定の年齢になったら「担当課長」といった肩書だけは名刺に入れてあげるのも一つの手でしょうし、専門職でも高い業績を上げれば、昇給にどんどん反映される人事制度を取り入れるのもよいと思います。

男女問わずですが、現実的にマネジメントに向いていなかったり、本人も昇進を望んでいなかったりするけれど、プレイヤーとして会社に必要な方であれば、そこはきちんと配慮して居場所をつくり、働きやすいようにしてあげることも、ダイバーシティ経営には大切なのです。

「ダイバーシティは女性だけではない」の大問題

「もう女性だけ優遇しても仕方がないじゃないか。ダイバーシティは、女性だけの問題ではないだろう」。制度が整って、課長レベルくらいの女性管理職がそれなりに増えてきた昨今、男性からこんな声が聞かれるようになりました。まだ女性管理職比率が1割にも達していない、また課長レベルはそれなりにいても、上級管理職は極めて少ない企業で堂々とこういうことを言う男性がいるようです。

木下明子『図解!ダイバーシティの教科書』(プレジデント社)
木下明子『図解!ダイバーシティの教科書』(プレジデント社)

もちろんマイノリティは女性だけではないですし、ダイバーシティは外国人、LGBTQ+の方、障碍者やシニアの方などが対象になります。しかし、ほとんどの日本企業で最大のマイノリティは、全人口の約半数を占める女性です。多くが男性と同等レベルの教育を受け、文化や言語の壁もない女性すら、まともに活躍できていない企業で、ほかのマイノリティの方々が活躍する余地があるはずがありません。

とにかく女性管理職比率が極端に低い日本企業においては、まずは女性活躍なしにダイバーシティもインクルージョンもあり得ません。ほかのマイノリティの方々の施策は後にしろと言っているのではなく、可能であれば、どんどん同時に進めていけばいいだけの話です。実際、先進企業といわれる企業は、おおむねさまざまな施策を並行に進めています。どのテーマも施策は違えど、多様な人が活躍できるという点では同じですので、一緒に進めていけば、誰にとっても働きやすい環境づくりができるはずです。