自己肯定感の低い人は、どうしたら前向きになれるのか。産業医で精神科医の井上智介さんは「『常に自己肯定感が高い人』はいない。そう見える人は、失敗して落ち込んだりしたときに気持ちを切り替えるスイッチをたくさん持っているだけだ」という――。
歩道橋にもたれかかりうなだれている女性
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「常に自己肯定感が高い人」なんていない

自己肯定感がずっと高い人というのはいません。もちろん自己肯定感は高いに越したことはありませんが、ずっと高く保つことは不可能と言っていい。そして失敗して落ち込むのは当たり前のことです。特に、睡眠不足が続いているときや疲れがたまっているときに失敗して怒られたりすると、なかなか前向きな考え方に切り替えることはできません。自己肯定感の高い、低いは、その日の調子によっても変わります。

はたからみて「自己肯定感が高い」とされる人も、失敗して落ち込むことはあります。しかしこういう人たちは、落ち込んだ気持ちを切り替えるワザをたくさん持っているという特徴があります。自己肯定感が低い人は、こうしたワザが少ないために、なかなか気持ちの切り替えができず「自分はダメなんだ」と負のスパイラルに入ってしまうのです。

気持ちを切り替える“スイッチ”を持っておく

落ち込みやすい、へこみやすい、自分に自信が持てず、人に言われたことが気になってしまう……。こうした傾向があって「自己肯定感が低い」と感じている人は、自分に合った気持ちの切り替えスイッチをいくつか持っておくといいです。。私がお勧めしている、三つの切り替えスイッチをご紹介しましょう。

一つ目は「外に出る」です。気持ちが落ち込んだときやへこんだときは、何にも興味が湧かず、外に出る意欲が出てこないので、じっと部屋の中に閉じこもりがちになります。そうすると、さらに鬱々うつうつとした感情が続き、外からの刺激がないので、気持ちを切り替えるタイミングが生まれにくくなります。

ですから、まずは気分がのらなくても、靴をはいて玄関から出てみましょう。行先は遠くである必要はなく、近所でも構いません。しかし、できれば「初めての場所」に行ってみましょう。

家の近くにあるのは知っていたけど行ったことがなかった公園でもいいでしょう。目的地を定めず、通ったことのない道を歩くというのもお勧めです。仕事で落ち込むことがあった、いつもより疲れたというときは、いつもとは違う道で帰るというのもいいでしょう。

距離は近くてもよいのです。初めて行く場所は、見るものすべてが新鮮です。景色が少し変わるだけで、気持ちも変わるものです。普段とは違う、「非日常」が体験できますから、気持ちがリフレッシュされます。

もうひとつのおすすめスポットは「映画館」です。大画面と大音量で過ごす映画館は、手軽に非日常を体験できる空間。そこで、さらに感動して泣いたり、スリルでドキドキしたり、大笑いしたり、と感情が揺さぶられると、ネガティブな気持ちがリセットされて、気持ちが切り替えられます。

片付けや断捨離で心もスッキリ

二つ目は「部屋を片付ける」です。気分が落ち込み、不安になっているときや、心に余裕がないときは、部屋も散らかりがちです。ですから、部屋を片付けたり断捨離したりするのは、心を落ち着けるのにもってこいです。

そもそも、物がたくさんある状態は心に負担がかかります。物がたくさんあると、それだけ選択肢が多くなります。「選ばなくてはいけない」というのは精神的にも負担になります。また、物を所有するのは責任をともなうので、それも大きな負担です。物を手放せば選択肢が減るし、その責任も減って、スッキリできるはずです。

しかしながら、患者さんを見ていても、片付けや断捨離が苦手な人は多いです。「全部要るものだから」と、なかなか捨てられないようです。「要るか、要らないか」の二択で考えると、なかなか答えが出ず、判断することそのものが負担になってしまいます。ですから私は、「『使っているか・使っていないか』で判断してはどうですか」とアドバイスしています。例えば洋服なら「この1年、1度も着なかったものは処分する」などです。

一気にやろうとしないこともポイントです。「今日はこのクローゼットだけ」「この引き出しだけ」など1カ所を決めて、そこだけ取り組みます。片付けが終わり、クローゼット1カ所、引き出し一つがすっきりすると、達成感も得られます。

なかなか片付けのモチベーションが湧かないという人は、部屋を片付けるきっかけを自分以外に求めるのも手です。例えば、以前患者さんの中に、ペットを片付けのモチベーションにしていた人もいました。ペットがいることで、「物を散らかしていると、ペットが口に入れてしまうから」と、片付けるようになったそうです。「植物を置くために片付ける」ということでもいいでしょう。植物を育てること自体に癒やしの効果がありますが、そのために片付けたり空気を入れ替えたりしようと思えるきっかけにもなります。

落ち込む自分を「自己承認」する癖を

三つ目が、「寝る前に1日を振り返る」です。これは、ぜひやってほしいと思います。

今日は、落ち込んだりへこんだりしていたわけですから、あまりいい1日ではなかったかもしれません。それでも、1日の終わりに自分を振り返り、「嫌なことがあったんだから、へこんで当たり前だよね」と自分を認めましょう。落ち込んでいる自分に対して「私はダメなんだ」と思うのではなく、「大丈夫。これで普通なんだ。それでいいんだ」と自己承認する癖をつけてほしいのです。

なるべく反省をしないようにします。「なぜこうなってしまったんだろう」と振り返って反省し始めると、どんどん落ち込んでしまい寝られなくなります。それよりも、失敗した自分を受け入れたうえで、「これからどうすればいいか。どうしたいか」という先のことを考えましょう。

ベッドに腰かけ、窓からのぞく外の光を見つめる女性
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気持ちを切り替え未来のことを考える

落ち込む自分に対し「それでいいんだ」と認めることで、起こってしまったことについてあれこれ反省しそうになる気持ちを切り替えるのです。ネガティブな気持ちに引っ張られず、「これからはこうしよう」と未来のことを考えられるようになってきます。

落ち込む自分について「なぜ私はこんなことでずっと落ち込んでしまうんだろう」と、自己承認をできないままでいると、なかなか負のスパイラルから抜け出せず、気持ちを切り替えることができません。

例えば、「会議で、言うべきではないことを言って上司に叱られた」と落ち込んでいるなら、「ミスをして叱られたんだから落ち込んでしまうのは仕方がないことだ」と、いったん落ち込む自分を認めます。それから、「次は事前に上司に相談しておこう」「会議に出る前にはアジェンダを確認しておこう」など、今後どうすればよいのかを考えるようにしましょう。

「まあ、いいか」を口癖にする

「どうも自分は落ち込みやすいな」「自己肯定感が低いな」という人は「まあ、いいか」という言葉を口癖にしてみてください。ポイントは、頭の中で言うだけでなく、声に出して言うことです。自分が発した言葉であっても、音声になって耳から聞こえて脳に届くことで、受け取り方が大きく変わります。誰かにそう言われているのと似たような効果が出てきます。ちょっと失敗しても「まあ、いいか」と言うことで、ネガティブな気持ちを受け流し、切り替えることができるようになります。

反対に、NGなのは「~じゃないといけない」「~しなきゃいけない」と決めつける言い方です。こういう口癖の人は「社会人なんだから、こうじゃないといけない」「部下がいるから、こうしなきゃいけない」と、自分自身を縛ってしまい、失敗してそこから少しでも外れた行動をとってしまうと、自分を許すことができずに落ち込んでしまいます。

こういう口癖は、筋トレと同じで、何度も繰り返し口にしているうちに、自分の思考回路が変わり、習慣も変わっていきます。「落ち込みやすい」「自己肯定感が低い」というのは、ちょっとした思考の癖によるものです。「まあ、いいか」を繰り返し口にすることで、思考の癖は変わっていきます。

「私ってダメな人間だ……」と思ったら、とりあえず「まあ、いいか」と、つぶやいてみてください。