何度ミーティングをしても新たなアイデアが出てこない。そんな時はどうすればよいのか。東京大学大学院情報学環特任助教の安斎勇樹さんは「バイアス破壊と仮定法を組み合わせることで新たな可能性を模索できる」という――。

※本稿は、安斎勇樹『問いかけの作法 チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

特定のとらわれに揺さぶりをかける「バイアス破壊」の質問パターン

バイアス破壊とは、特定のとらわれ(Xとします)に積極的に揺さぶりをかける質問のパターンです。

バイアス破壊の定型文

「本当にXは必要ですか?」
「Xを除外してみると、どうなるでしょうか?」
「Xでない~は、考えられないでしょうか?」
「XにあえてYを入れると、どうなるでしょうか?」
「健康的な美しさ」を掲げるヘルスケア領域の消費財メーカーY社の事例を紹介しましょう。

同社は、自社ロングセラー商品を改革すべく、何度もミーティングを繰り返してきました。

結果、どうやら同社が大切にしたい「こだわり」の核は「生活者が健康的で自然体であり続けること」であること。そして、「美しさ」という言葉にはマーケティング戦略上の重要性はあるものの、開発においては「とらわれ」なのではないか、という仮説が見えてきました。

ハンマーを使用する作業員
写真=iStock.com/Vesnaandjic
※写真はイメージです

新しい可能性を探る質問

今から数十年前、同社が創業した当初の世論においては、「健康であること」と「美しくあること」は、結びつきにくい概念であったため、このスローガンには意義がありました。しかし現在は健康と美容の両立は、生活者にとって一般的な考え方になってきています。人生100年時代。平均寿命は延び、働き方や生き方、幸福の価値観が問い直される現代において外見的な美しさに重心を置くよりも、心身ともに健康的であることを価値の中心にすべきではないか。それが自然と内面と外面の美しさにつながるのではないか。そんな洞察が生まれつつあるチームに、一気に「バイアス破壊」を仕掛けましょう。

「リニューアル後のプロダクトに、本当に『美しさの支援』は必要でしょうか?」
「自社の商品から『美容』の要素を除外してみると、どうなるでしょうか?」
「美容の製品ではないリニューアルのアイデアは、考えられないでしょうか?」
「商品に、あえて『内面の美しさ』の要素を入れると、どうなるでしょうか?」

このように「とらわれ」のXを「美しさ」「美容」とし、積極的にそこから脱却させる質問を組み立てることで、「こだわり」を保持したまま、新しい可能性を探ることができます。

問いかけに「もし」をつけてみる

バイアス破壊は、仮定法の「制約の撤廃」「架空の物語」と組み合わせの相性が抜群です。

「もし美容ニーズを持っている女性をターゲットから外してもよいとしたら、どんなリニューアルアイデアが考えられますか?」(仮定法:制約の撤廃)

「もしこの世界から五感のうち「視覚」がなくなったとしたら、自社の製品をどのようにリニューアルしますか?」(仮定法:架空の物語)

安斎勇樹『問いかけの作法 チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
安斎勇樹『問いかけの作法 チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

これまで保持してきた「とらわれ」をなかなか捨てられない心理には、原因があるはずです。そのひとつには「実際に、ユーザーが美しくなりたいニーズを持っている」という事実があるでしょう。このケースに限らず、ダイナミックな商品リニューアルや新商品開発などの事業変革を妨げるものは、チームの「とらわれ」だけでなく、ユーザー自身の顕在化したニーズの「とらわれ」も含まれます。

現在では当たり前であるタッチパネルディスプレイ型のスマートフォンが普及する以前は、ユーザーは「もっとボタンを押しやすくして欲しい」とは考えていたでしょうが、「ボタンを撤廃して欲しい」とは考えていなかったはずです。ダイナミックな事業の変化を起こすためにも、既存ユーザーの「とらわれ」を撤廃したり、時に思い切って架空の物語を設定してみることは有効です。

バイアス破壊は組織の制度や権威にも使える

「とらわれ」の対象が、組織の制度や権威に基づくものである場合も、バイアス破壊と仮定法の質問パターンをうまく組み合わせることが有効です。

元々ファクトリー型だった大企業メーカーであっても、ユサブリモード(図表1)の質問を駆使すれば、現場の開発チームからボトムアップ式にアイデアが徐々に出てくるようになるでしょう。上層部から設計図を与えられなくても、自分たちが作りたいと思えるアイデアを、自分たちで考えられるようになっていくはずです。

組織全体を変えたいなら、まずは自分たちから

ところがミーティングがワークショップ型に切り替わったからといって、会社組織全体がワークショップ型に切り替わったわけではありません。会社の組織構造や体制、社内規定、評価制度などは、大きい組織であるほどそう簡単には変えられるものではありません。

そのような「変わらないシステム」を頭に思い浮かべると、今やっている努力は、無駄なものに思えるかもしれません。アイデアが思い浮かんでも「どうせ実現できないのでは」「チャレンジするだけ無駄なのでは」という発想につながり、結局は組織システムによって、現場メンバーの衝動に蓋がされてしまう、ということが往々にしてあります。

山に登るビジネスマンのグループ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです

しかしながら、ファクトリー型の組織システムが根づいた大企業であっても、現場メンバーの衝動を起点に、事業変革が起こるケースを私はこれまでに何度も見かけてきました。すぐに組織の体制や制度を変えられなくても、ボトムアップに生まれる取り組みは、社内の誰かが必ず見ています。まずは自分たちのチームがワークショップ型に変わる努力を続けて、徐々に他のチームともつながりを作り、「勉強会」や「有志プロジェクト」を立ち上げて、自分たちの衝動に基づいて、組織とチームの新しい可能性を探る活動を継続するのです。そのときにバイアス破壊と仮定法の質問をうまく活用するのです。

「もし社内の評価を気にしなくて良いとしたら、何がしたいですか?」
「もし社内規定をひとつ変えられるとしたら、どの規定を変えたいですか?」
「もし組織構造を無視してよいとしたら、どのチームと連携したいですか?」
「もし誰にも怒られないとしたら、このアイデアを組織の誰に話したいですか?」

このように組織のシステムそのものを「とらわれ」と仮定して、バイアス破壊を仕掛け続けることによって、チームの活動の原動力を保つことができるでしょう。どんなに大きい組織であっても、現場レベルでチームのポテンシャルを発揮する努力を続けていれば、たとえば正式な活動として予算がついたり、個人評価の対象となったり、あるいは新規事業開発の部署として体制変更が決まったりなど、大きな変化につながることがあるはずです。問いかけの力を駆使しながら、試行錯誤を続けてみてください。