「女性が活躍する会社」として高い評価を受けている日本IBM。1998年にはわずか1.8%だった女性管理職比率は、現在18%まで伸びてきている。どんな取り組みが功を奏したのだろうか。ジャーナリストの白河桃子さんが、同社社長の山口明夫さんに聞いた――。

かつては女性管理職比率が1.8%だった

【白河】御社は長らく女性活躍に取り組んでいらっしゃいますが、山口社長が入社された当時、すでに女性活躍は進んでいたのでしょうか。

日本IBM 代表取締役社長 山口明夫さん
日本IBM 代表取締役社長 山口明夫さん(撮影=遠藤素子)

【山口】私が入社したのは1987年ですが、その当時から評価も賃金も男女まったく同じでした。ただ、当時の日本には女性は夜遅くまで働いてはいけないという法律があって、そこに対してだけは性別による格差を感じました。同じ職場で同じ仕事をしているのに「おかしなことだな」と。そこさえ除けば、仕事のうえで性別を意識することはほとんどありませんでした。そんな環境で働いてきたこともあり、またそれに加えて、弊社では、性別だけに限らず、さまざまな多様性を受け入れる環境をいかに作り上げていくかということに努力を重ねてきていますので、女性活躍という言葉を使うことには多少違和感があります。

【白河】そうすると、意思決定層に上がる女性も昔から珍しくはなかったのでしょうか。いわゆる「バリキャリ女性」だけが活躍できたのが80年代ですよね。

【山口】そこの割合にはやはり男女差があります。意思決定層に上がる前に退職するのは女性のほうが多いので、当社では1990年代以降、これを解消するにはどうすればいいかと考え始めました。ただ、経営者や人事だけで考えても正解は出ません。それは当事者にしかわからない事情が数多く存在するからです。そこで、退職する事情を抱えている当事者と一緒になって、何が障壁になっているのか、どんな施策が求められているのか、どんどん議論するようにしました。

【白河】議論の結果、どんな施策が実現したのでしょうか。

【山口】1998年に、諮問委員会として「JWC(Japan Women’s Council)」が発足しました。女性が働き続けるうえでの課題を当事者たちが話し合い、具体的な目標を決めて、会社と一緒に効果的な施策を考えていくものです。当時、当社には女性役員は1人だけで、管理職に占める女性割合もわずか1.8%でした。

今は男性の育休や介護の課題についても議論

【白河】御社の女性活躍推進は、JWCの発足がひとつの節目だったんですね。それまでは男女平等の土壌があったとはいえ、意思決定層には女性が少なかった。その点に「本気で」取り組むためにJWCをつくったと。

少子化ジャーナリスト 白河桃子さん
少子化ジャーナリスト 白河桃子さん(撮影=遠藤素子)

【山口】そうですね。そこからe-ワーク(在宅勤務)や短時間勤務などの制度ができていきました。ただ、課題や求められる施策は時代とともに変わるものです。JWCも発足当時は女性メンバーだけで構成されていましたが、今は男性にも育休や介護などの課題がありますから、男性メンバーも入っています。JWC自体も、「目標達成に向けてがんばる団体」から、「さまざまな事情を持つ人がその課題や解決策を自然体で話し合う場」へと変わってきています。

【白河】日本企業の多くでは、かつて女性は出産前までの短い期間働くということが前提でした。雇用機会均等法を機に、女性総合職が出てきましたが、ライフイベントを越えられず辞めてしまう人も多い。そこで第2フェーズとして、両立支援を手厚くしてきました。御社でも、まずは女性の両立支援から出発して、今では男性にも対象を拡大していると。

日本IBM 代表取締役社長 山口明夫さん
撮影=遠藤素子

【山口】特に育児との両立については、事業所に保育所をつくったりもしました。ただ、当社の社員はお客様のビルに常駐して働くケースも少なくありません。そうすると事業所の保育所は利用しにくいので、不公平が生じます。また、多様な生き方を選択する社員が増えていているのが現実です。結婚して育児をする女性だけを対象にするのではなく、女性、育児といった事由に限らず、全社員を対象に継続して働くための阻害要因を少しでも取り除こうと考えました。

そこでベビーシッターをはじめ介護関連、ボランティア休暇など、個々人が自由に利用できる福利厚生制度もつくりました。社内にはワーキングペアレンツ・コミュニティーや介護コミュニティーがあり、活発に情報交換をしながら社員同士で助け合っています。さらに、2021年には就業場所の制限を緩和し、どこから働いてもいいという「新たな働き方」を発表しました。すべて現場の意見を聞きながら、他社の制度も参考にしながら進めています。

ハードワークは緩和されつつある

【白河】働き方についてはいかがですか? 御社ではかなりハードな働き方をされていた時代もあると思うのですが。

【山口】今はフレックスや短時間勤務などもあり、比較的柔軟になっています。しかし、こうした制度は社内では活用できますが、お客様とのプロジェクトなどでは、先方のペースによってはハードな働き方になってしまうこともあるようです。それでも、最近は日本全体の働き方や働く環境がいいほうに変わってきているので、昔に比べれば皆が働きやすくなっているとは思います。

昇進したがらない人は男女ともに増えている

【白河】女性管理職を増やすとなると、またひとつ壁がありますよね。制度を手厚くして働き続けやすくしても、女性はなかなか昇格したがらないという意識の壁です。IBMでさえ「停滞期」があったと聞きましたが、女性管理職増加に向けては、在宅勤務などの働き方改革だえでなく、本人の意識改革などには取り組んでますか?

日本IBM 代表取締役社長 山口明夫さんと少子化ジャーナリストの白河桃子氏
撮影=遠藤素子

【山口】管理職になりたがらない人は、女性だけでなく男性にも増えていますね。私自身、マネージャーになるよりもずっとエンジニアでいたかったので、その気持ちはよくわかります。人を評価するのが得意ではない人、部下を管理することに対して想像がつかない人、部下の人生を左右しかねない役割を負担に感じる人、いろいろいますよね。ですから当社では、候補者には管理職になることを強制するのではなく、1年ほどかけてじっくり対話しながら、管理職の楽しさや大変さを共有していくようにしています。

【白河】対話のプロセスは、何か制度としてつくられているのですか?

【山口】具体的には「W50」というプログラムを実施しています。2019年から続けていまして、女性管理職候補を年間50人選抜し、1年間、講義やディスカッションなどに参加してもらっています。期間中は一人ひとりにスポンサーがつき、本人の1年間での成長を支援しています。一番大切にしているのは、管理職への本人の共感ですね。管理職の役割や実態、楽しいことも大変なことも、オープンにしたうえで、「やってみようかな」と思ってくれるよう皆でサポートする──。役員から人事担当者まで、皆が「候補生のサポーター」という意識で取り組んでいます。

女性の管理職比率が停滞…改善のための施策

【白河】プログラムの開始前と開始後では、女性管理職比率はどのぐらい変わったのでしょうか。

【山口】開始前の約5年間は、ずっと13~14%ほどで停滞していました。それが、「W50」を初めて実施した年は参加者のうち約3割が管理職に昇進しました。その後も成果は上がり続け、昨年は参加した女性社員54名のうち約半数以上が管理職になりました。結果、女性管理職比率も18%にまで伸びたのです。

【白河】停滞期を乗り越える策のひとつが「W50」だったと。そのほかにも何か手は打たれましたか?

【山口】管理職の誰かに昇格や異動があった場合、後任の候補に必ず女性を入れるようにしています。昇進を議論する会議では「彼女にはまだ早い」という声が上がることもありますが、私としては「ならば彼女を管理職として成功させるにはどうすべきか」を議論したい。まだ若いとか経験が少ないとか、難しい理由を言い出したらキリがありません。そうではなく、いいところに目を向けて、そこを伸ばすための議論、着任した後どのようにサポートするかの議論をしようよと皆に呼びかけています。

【白河】やれない理由ではなく、やるならどうすればいいかという思考ですよね。他社のトップから、女性活躍推進についてアドバイスを求められることはありますか?

【山口】会食などで、「推進したいけど、IBMさんはどうしているの?」と聞かれることはありますね。そういうときは、男女にかかわらず、他者はすべて自分とは違う人なのだから、その人をよく見て、違う部分をいかに受け入れるかを考えるようにしています、とお伝えしています。とはいえ全社員を見られるわけではないので、具体策として「管理職のベンチ(後任候補)に必ず女性を入れるようにしては」などとお話ししています。

同質的集団の怖さは「進化しない」こと

【白河】男性ばかりのベンチの中に女性を入れていくわけですね。同質的集団は、それまでいなかったタイプの人が3割程度に増えると決定が変わっていくと言われますが、ご自身がそれを実感されたのはいつ頃でしょうか。

【山口】2005年ごろからです。女性ということではありませんが、お客様のグローバル化支援案件が増加するとともに外国籍の社員が増え、主要ポジションにも就き始めました。当初は背景や価値観の違いから大変な部分もありましたが、きちんと対話することで互いの理解が進み、アンコンシャスバイアスも解けていきました。お互いを理解し合うには相応の努力と時間がかかりますが、やはり違う価値観の人と一緒に仕事をすると、今までになかった新しいものが生まれるという楽しさがあるんですね。この過程を体験してからは、以前にも増してD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の重要性を実感するようになりました。

日本IBM 代表取締役社長 山口明夫さんと少子化ジャーナリストの白河桃子氏
撮影=遠藤素子

【白河】多様性のメリットですね。逆に、同質的集団のままでいるとどんなリスクがあるとお考えですか?

【山口】何よりも怖いのは、進化しなくなる、成長しなくなること、新しいアイデアが出てこなくなることです。また、既存の延長線上でしか判断できなくなることもあると思います。私もそうですが、「同質でいること」に流されがちですので、日々それと戦っています。

【白河】同質的集団は進化しない、成長しない。これは大きなキーワードですね。御社では、管理職になった人に対してどんなサポートをされていますか?

【山口】男女ともにメンタリングやコーチングなどのサポートを用意して、何かあれば気軽に相談できるようにしています。今、当社は文化を変えようとしているところでして、誰かが「できない」と言ったら、「なぜできないのか」ではなく「どうすればできるようになるか」を聞くようにしています。マネジメント層の一番の役割は社員のサポートです。サポートもアドバイスも求められないようでは存在価値がない。それは役員も、もちろん私も同じです。

「外資系だからできる」への反論

【白河】最後に、御社の女性活躍施策を「外資系だからできるのでは」と感じる人もいるかと思います。どんなアドバイスを送られますか?

【山口】外資だから早くから取り組んできたことは確かです。ただし、それを実行するのは私たち日本人でしたし、日本という環境の中で、常に、社会、企業、自分自身の考えの壁にぶつかりながら、取り組んできています。重要なことは、諦めず変化を継続することと、もう一点は、「アポイントメントのイノベーション」という考え方を大事にしています。物事を過去の延長線上で決めない、それまでの常識にとらわれない、ということですね。そして一度決めたら、それがうまく進むように徹底的にサポートします。

例えば、男性管理職の後任として女性を昇格させたとします。その人が前任者と同じことができなくても、私たちは「できないこと」ではなく「できていること」に目を向けます。皆一人ひとり違いますし、求められる仕事も時代や環境とともに変化していくわけですから、前任者と同じになろうとする必要はありません。逆にその人だからこそできることも沢山あります。それを大事にしようと。そうした意識を共有しながら、D&Iをさらに推進していきたいと思います。

【白河】人は一人ひとり違うし、管理職像も違います。それこそが本当のD&Iですね。