子育てをブランクにしたくない
【白河】御社では、特に育休中の女性のキャリア支援事業に力を入れていらっしゃいますね。まずは女性のキャリア支援事業の概要について教えてください。
【小川】女性の社会参画支援や企業の女性人材育成支援などさまざまなサービスを提供していますが、代表的なものでは2013年から取り組んできた「育勉セミナー」があります。これは子育てをブランクにしたくないママのための“育休中に自分を育てるセミナー”としてスタートし、そのエッセンスは育休中の女性が異業種人材とビジネススキルを学ぶ双方向型オンライン・スクール「育休スクラ」にも引き継がれています。こちらは2020年にオンライン・スクールとして開校しました。
【白河】そもそも、育休中の女性のキャリア支援に目を向けたきっかけは何だったのでしょうか。
【小川】最初に始めたのは「育勉セミナー」で、これは創業メンバーである小田木朝子が立ち上げました。彼女は創業後に出産して育休を経験したのですが、そのときに会社からの断絶感や孤独感を覚えたそうなんです。育休をブランクにしたくない、会社に行けなくても何か学び続けたいという思いが募ったと。それで、そういう女性は他にもたくさんいるだろうから、地元で同じ境遇のママたちに「育休中に自分を育てる勉強をしましょう」と発信してみてはどうかということになりました。僕も、育休中の過ごし方は今後の女性活躍のあり方と深く関わってくるはずだと思い、事業化を後押ししました。
浜松を中心に7000人のネットワークに成長
【白河】創業メンバーの方の育休経験が元になっているのですね。セミナーに対する反応はどうでしたか? また、ノキオにとってはどんなメリットがあったのでしょうか。
【小川】同じ思いをしていた女性が多かったようです。webやSNSで発信したらあれよあれよという間に広がって、浜松を中心に最大で7000人ほどのネットワークに成長しました。当初はビジネスとしての収益は小さかったものの、長期視点を持って皆で育て続けたことで、現在のさまざまな支援事業につながりました。また、スタートから3年ほど経つと、当社が育休中の女性のキャリア支援に取り組んでいるという話が広まり、そこに共感した子育て中の女性たちが「浜松でこんな会社は他にないから」とたくさん入社してくれるようになりました。
女性だけで開発したプログラム
【白河】女性人材の獲得にもつながったわけですね。現在は社員の約7割が女性だそうですが、その女性たちはどんな事業を担当されているのでしょうか。
【小川】web受託開発などのクライアントワーク事業では、女性社員もエンジニアやデザイナーとして活躍しています。もうひとつの柱である人材事業では、育休スクラをはじめとする女性活躍支援事業を行っており、ここでも多くの女性社員が事業企画や運営、営業などを担当しています。
特に育休スクラは、すべて女性のチームで開発しました。こちらは当初は個人を対象にしていましたが、かなり好評をいただいていることから、現在は企業向けのセールスにも力を入れています。育休中の社員に対して、会社が育休スクラを活用した「自宅での学び」を提供するという形を目指しています。
【白河】学びの場としては社会人向けビジネススクールなどもありますが、育休中の女性にとっては通学、費用の面でもハードルが高いですよね。プログラムもかなり密で、子育てとの両立は難しそうです。育休スクラはどんな形で学べるのでしょうか。
【小川】グロービス経営大学院などのビジネススクールよりもう少しハードルの低い、学びのコミュニティーのような形で運営しています。育休中という環境に対応できるよう授業はすべてオンラインで、週1回2時間のペースで6カ月間継続して受講する形ですね。会社組織の外で多様な人材と交流できる「越境学習」をコンセプトとし、1クラスは20〜30人程度で、ディスカッションや対話の時間を多くとるスタイルを取り入れながら進めています。
「上位の仕事に就く関心が増した」人は83.4%
【白河】同じ育休中の方々と一緒に学べると、刺激になりますし安心感も大きいですね。学習内容としてはどんなカリキュラムがありますか?
【小川】キャリアを描くための基礎力、組織・チームで成果を上げるために必要なスキル、より上位の役割にステップアップしていくうえで必要になるマネジメントスキルの育成など、実践的な内容を充実させています。ビジネススキルを磨く場としてはもちろん、ロールモデルや新しい価値観との出会いの場、育休によるキャリアの変化や自分のモヤモヤ感に向き合う場としても役立ててほしいと思っています。
【白河】実際に受講した方々にはどんな変化が表れていますか?
【小川】育休スクラでは、受講前と受講後とを比較する本人評価を行っています。それによると、受講生のうち「仕事への意欲や愛着が増した」「チームでの目標達成の力がついた」はいずれも100%、「上位の仕事に就く関心が増した」は83.4%と、高い成果が表れています。
「管理職の仕事」への思い込みをリセットする
【白河】それほどの人数が、上位の仕事への関心が増したと答えているのは衝撃的です。管理職を目指す女性の増加にもつながると思いますが、育休スクラのどんな点がそれを可能にしているとお考えですか?
【小川】例えば「ミドルマネジメントの仕事と役割」という講義では、男性中心だったマネジメント層の手法が、今は時代の流れで変わってきているということをご理解いただくようにしています。管理職になったら部下より早く帰ってはいけないとか、部下を育てるには叱咤激励しなくちゃと思い込んでいる方も多いのですが、今は違います。
上位への関心が増したのは、受講を通して「管理職の役割は、コミュニケーション力を生かして皆が働きやすい環境を整えてあげることなんだ」と気づいていただけているからだと思います。
【白河】育勉セミナーは、当初は御社の拠点である浜松の女性が受講していたかと思いますが、現在、育休スクラの受講者は全国に広がっているのでしょうか。
コロナ禍で一気に全国に展開
【小川】当初からオンラインで行っていたので徐々に広がってはいましたが、コロナ禍以降、一気に全国区になった実感があります。経営メンバーとも、コロナ禍がなかったら浜松発でここまで成長はできなかったよねと言い合っています。
【白河】働く女性の課題を解決するという部分にイノベーションの芽が出てきたところへ、コロナ禍が後押しになったのですね。そうすると、現在、女性人材を支援する事業はさらに広がっていますか?
【小川】企業向けキャリア教育・両立支援プログラムの開発や、地元企業と組んだCSR型育勉セミナー、浜松市と連携した女性人材マッチング事業などもスタートしました。当社は2013年に育勉セミナーを始めて以降、復帰を前提として育休に入る女性が増加しているのを肌で感じ、そうした方々の課題解消にまだイノベーションの余地があると気づいて育休スクラをリリース、という形で成長してきました。今後もまだまだ新規事業開発の余地は残されていると考えています。
「女性活躍」は自然とたどり着く答え
【白河】新規事業では資金調達をしながら進める場合もあるかと思いますが、投資家の反応はいかがですか?
【小川】いい評価をいただけています。日本で女性活躍を進めるにはまだまだ根深い問題がたくさんありますが、それでも今、変革に挑まなければこの先も日本は変わっていかない。投資家の方々もそう感じているようです。
【白河】お話を伺って、ノキオさんの事例は、地方企業、中小企業などの女性活躍推進の起爆剤になると思いました。最後に、女性活躍に積極的でない企業、なかなか取り組みが進まず悩んでいる企業に対して力強いメッセージをお願いします。
【小川】女性が活躍できる職場やワークスタイルは、すべての人が輝ける職場やワークスタイルでもあります。ですから、「自社をより良くしていこう」という視点で改革を進めれば、自然と女性活躍という答えにたどり着くのではないでしょうか。皆さんにもぜひ、女性活躍を起点にした働き方改革に取り組んでいただけたらと思います。