スマホ脳』がベストセラーとなった精神科医のアンデシュ・ハンセンさんの影響で、スウェーデンの学校では学力向上のために積極的に運動を取り入れるようになったといいます。脳をきたえるためにはどのような運動が効果的なのでしょうか。スウェーデンに住む翻訳家の久山葉子さんとハンセンさんの論考を2本立ててお届けします――。(第3回/全3回)

※本稿は、アンデシュ・ハンセン『最強脳 「スマホ脳」ハンセン先生の特別授業』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

学校の外の芝生を走り回る小学生たち
写真=iStock.com/FatCamera
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集中力が切れた子どもは校庭を1周――久山葉子

私が子供の頃、スポーツも勉強も出来る子は「あの子は文武両道だ」とほめられたものです。どちらも出来るというのは珍しいことで、だからこそそんな表現があるのでしょう。たいていの子はスポーツが好きか勉強が好きかのどちらか――。多くの人がそう思っていたようです。

頭が良くなりたければ、もっと勉強するしかない。今でもそう考える人が多いはずです。しかし最近の研究では、なんと「運動をすることで頭が良くなる」ことが分かってきています。そんな方法は自分が学生の頃は聞いたことがありませんでした。

私が住んでいるスウェーデンでは、生徒の学力を上げるために学校で積極的に運動を取り入れるようになりました。初めてそれに気付いたのは、自分の子供が小学校1年生のときです。授業中に集中力が切れてうろうろするような生徒がいると、先生は「静かに座って勉強に集中しなさい」と注意するのではなく、「外に出て、運動場を1周走ってきなさい」とアドバイスするのです。

「勉強や集中力のためには運動」が常識に

私は子供からその話を聞いて驚いたのですが、間もなくその理由が理解出来ました。ちょうどその頃、スウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセンさんが『一流の頭脳』(サンマーク出版、原題 Hjärnstark)という本を書いて、スウェーデンでベストセラーになったのです。『一流の頭脳』は運動をすることで集中力、記憶力、発想力がアップし、ストレスにも強くなるという内容で、スウェーデンでは60万部を超える大ベストセラーになりました。なお、スウェーデンの人口は約1000万人、日本の13分の1です。

『一流の頭脳』は日本以外でも、19カ国で翻訳されました。ハンセンさんは一躍有名になり、講演やメディアのインタビューに引っ張りだこ、テレビで脳に関するドキュメンタリー番組のホストも務めました。

その3年後には、ハンセンさんの次の本『スマホ脳』(原題 Skärmhjärnan)が出ました。スマホがいかに精神を蝕み、集中力や記憶力を低下させているかという内容で、こちらもスウェーデンでベストセラーになり、日本でも50万部を超える「超」のつくベストセラーになりました。

スウェーデンでは大勢の学校関係者がその2冊の本を読みました。その結果、「勉強に集中したり、成績を上げたりするには、生徒に運動をさせることが大事」というのが、スウェーデンの学校では当たり前の認識になりました。体育の授業の回数を増やした学校もありますし、多くの学校が朝、授業が始まる前に20分程度運動する時間を設けるようになりました。

何から何までやる必要はない――アンデシュ・ハンセンさん

脳のどの場所をきたえたいかによって、運動の種類も少しずつ違ってきます。

アンデシュ・ハンセン『最強脳 「スマホ脳」ハンセン先生の特別授業』(新潮新書)

アンデシュ・ハンセン『最強脳 「スマホ脳」ハンセン先生の特別授業』(新潮新書)

しかし、集中力のためにまず30分走って、そのすぐ後に今度は記憶力のために30分走らなければという意味ではありません。30分走るだけで両方の効果があるのです。

よくある失敗は、いきなりきつい運動をやって、しんどくてすぐにイヤになってしまうことです。それでは元も子もありません。

少しずつやっていきましょう。人生で一歩も歩いたことがない人は、一歩目をふみ出すところから始めるのです。いきなりマラソンに参加するのではなくて。

ここでは分かりやすく3つのレベルに分けてみました。ミニマムレベル、ミドルレベル、マックスレベルです。ミニマムレベルをやろうとしないで、脳がレベルアップすることはありません。ミドルレベルは、特に最初のうちは多くの人にぴったりです。数週間続けてみると、大きな違いを感じるようになるはずです。

マックスレベルはオリンピック級の脳を目指す人向けです。

ミニマムレベル:今よりもう少し運動するようにしましょう。「生活の中の運動」でいいのです。今すでにやっていることに加えて、あと少しだけ動いてみて下さい。1日中、生活の中で運動になりそうなことを見つけてやってみましょう。

ミドルレベル:ミニマムレベルでやっていることに加えて、週に2、3回、30分以上、出来ればもう少し長く運動してみて下さい。その間は心臓がドキドキしているようにして下さい。これが脳にとって一番幅広い効果があることが分かっています。効果は運動したすぐ後からその後しばらく続きます。

マックスレベル:ミドルレベルに、インターバルトレーニングを取り入れてみましょう。苦しいと思い始めてからあと少し、しっかり息が上がるように運動して下さい。この運動には長期的な効果があります。自分の体重を利用した筋トレも加えてみて下さい。

脳がレベルアップする

これをしっかり読んだ人は(そしてその通りに運動した人は)前よりも幸せな気分になり、賢くなり、集中も出来るようになり、ストレスに強く、発想力が豊かになり、ゲームも上手くなり、さらには記憶力も良くなっているはずです。つまり、前よりもレベルアップしているのです。どんな気分ですか?

まずは最後まで読んで、それから外に出て運動しようと思っていた人は(それが一番賢い作戦かもしれません)何をすればいいのかもう分かっていますね? 少なくとも、脳のためには運動がとても重要だということは分かったと思います。

脳がレベルアップすると、学校の勉強も楽になります。普段から運動をしている人は数学も、読解も、問題解決のテストでも成績が良いことが分かっています。集中力も上がり、習ったことを覚えておけて、計画したり、決断したり、リーダーシップを取ることも得意になるのです。

トレーニングジムでトレッドミルを走る女性
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運動は自信につながる

運動はもちろん、脳のためだけにやるものではありません。運動をして体のコンディションが良くなると、しっかり食べて、しっかり眠れるようにもなります。そのことはすでに実感しているかもしれません。それに、脳の中で起きることがもうひとつあります。今まで取り上げてこなかった効果ですが、それは「自信」です。

何かが上手になると、当然自信がつきます。同じことが、心が元気になった時にも起きます。体が元気で、幸せな気分で、良く眠れて、心が落ち着いていて、適度にお腹がいっぱいで、集中出来て……そんな状態なら、何をするにしても成功する確率が高いでしょう。あなたもきっとそう感じていると思います。そうやって自信がついていくのです。

しかも、効果はさらに上がります。この効果というのは雪玉のようで、転がるにつれてどんどん大きくなるのです。運動のように自分にとって良いと分かっていることをやると、自分で自分を「えらいな!」とも思えます。少し無理してでもがんばった時はなおさらです。「自信」という雪玉がどんどん転がって、大きくなっていくのです。

スパイラル状に上がっていく

何かをやってみて上手くいったら、次に難しいことに挑戦する時にも、上手くいった時のことを覚えています。すると雪玉はさらに転がります。おまけに誰かが「すごい!」なんてほめてくれたら、もう止まりません。

このように、自信というのはらせん階段のようにスパイラル状になっています。しかしスパイラルには正のスパイラルと負のスパイラルがあります。体を動かすのは、正のスパイラルにするための方法なのです。雪玉を転がすためと言ってもいいかもしれません。

少なくとも3つの点が記憶に残ることを願っています。他のことは全部忘れたとしても、3つの大切な点を覚えていて下さい。

1.脳の成長は止まることがない。脳はいつでも変えられるし、成長させられます。
2.脳を助ける一番良い方法は運動です。
3.普段からスポーツをしていなくてもいいし、運動が得意でなくてもかまわないのです。脳はどんな運動をしているかは気にしません。ともかく運動さえすればいいのです。